堕ちた公主は救国の后になる


 当然のことながら、私は正妃に疑われた。
 気分が悪くなって、とっさに厩で休んでいたと話したが、言葉通りに受け取ってもらえないことは分かっていた。

「お前か? お前、誰ぞを匿ったのではないか?」

 ぶたれても殴られても、答えは一つだ。

「何のことです? 私は何も」

 あれは、夢だったと思えば、簡単に正妃も欺くことができる。
 それに、正妃だって、阿南宮から比華宮まで、距離があることを知っているし、その間に、衛兵が大勢配置されていたことも、把握しているはずだ。
 私の特殊な能力を疑うのはもっともだが、一瞬で長距離移動ができるのなら、とっくに後宮から逃げ出しているだろうことも、分かっているだろう。

 結局、何も分からずじまいで、私は翌日の夜になって幻季殿に戻ることが許されたのだった。

 身体のあちこちに打撲を負って、顔も赤黒く腫れ上がってしまったけど……。
 ――でも。

(二人は、逃げられたんだわ)

 だから、正妃は焦って、私に怒りをぶつけてきたのだ。

「ずたぼろだな。神后の子孫と呼ばれた龍崙の王族が、見るに堪えない姿よ」

 去り際、自分でやっておいて、正妃様は傷だらけの私を揶揄した。

「人の傷は癒せても、己の傷は治せない。くだらない力だな」
「……」

 瞬き一つしないで、下を向いていたら、舌打ちされてしまった。手元に投げるものが何もないからだ。

「腹が立つ。お前のその澄まし顔を見ていると……。お前の夫であった志遠は死んだぞ?」
「……死んだ?」

 私は眉をぴくりとだけ動かした。

「陛下主催の酒宴で、急な病で身罷ったそうな」
「そう……ですか」

 それは嘘だ。
 だが、下手に反応を返したら、怪しまれてしまう。
 無言を貫いていると、正妃が鼻で笑った。

「まったく、動じないのだな?」
「あの方は、私を捨てたと、正妃様は仰っていました」
「そうだな。だが、一時だけでも夫婦は夫婦。志遠もお前なんかを娶ったから、呪われたのかもしれぬな。……玉明も。お前にさえ、関わらなければ。今も生きていたはずだ」
「……私は」

 ――やはり。
 私のせいなのか。

(死なせたくなんて、なかったわ)

 玉明様は愛らしい方だった。
 八年前、正妃の女官として使われるようになった私は、最初何一つ仕事ができなくて、泣いてばかりいた。
 そんな私に無邪気に声をかけてくれたのは、玉明様だけだった。
 だから、何としても助けたかったのに……。

(無理だった)

 どんなに手を尽くしても、命の砂がさらさらと抜け落ちてしまうように、手応えがなく、玉明様は逝ってしまった。

(あの時、私はどうしたら良かったんだろう?)

 そんなことを、何度自問自答したところで、答えなど出るはずもないのに……。

「そういえば『神后の種は、聖域のみに生きる』だったか。龍崙から外に出た王族は、総じて、短命なのだとか……。その身体では、生きることも苦しいだろう。わたくしは慈悲深い妃だからな。お前の能力が枯渇したら、早々に家族のもとに送ってやろう」

 今度こそ、殺してやるという宣言のようだった。