堕ちた公主は救国の后になる


 実際、雨露には最初から全部バレていたのだ。
 それもそのはずだ。
 正妃が監禁先から抜け出すよう仕向けていたのは、志遠本人だったのだ。
 雨露は正妃の行動を見張っていて、勿論、子飼いの女官の行動も掴んでいた。

「元々、墨王は病が重く、余命幾何もないと噂されていましたからね。可愛がっていた娘の李宝が投獄されても、何の反応もないことから、身罷ったのではないかと、間者を使って調べていたところでした。……で、その報告を待っているだけでも何ですし、いっそ、李宝を泳がせてみて、墨の反応を窺ってみようかと……」
「そんなことは分かっている。問題は情報欲しさに、流々を使ったということだ?」
「しかし、立候補したのは流々様ですよ」
「ええ。そうです。私がお願いして」
「流々。貴方は良いのだ」
「でも……」

 志遠が寝牀から身を起こした私の髪を撫でた。

(どうして、こんなことに?)

 今、私は房間の寝牀にいる。
 私の身体を心配した志遠によって、運びこまれてしまったのだ。
 しかし、普段はひとまず私を休ませることを優先する彼が、即刻、雨露に説明を求めているのは、相当怒っている証拠だ。

「こんな大切なことを、主人に報告する義務を怠った臣には罰を与えないとな」
「でしたら、私も一緒に」
「流々。こいつの抜け駆けは、今に始まったことではないのだ。今回だって、私が気づかないとでも思ったのか?」
「申し訳アリマセン」

 雨露は肩を竦めて、しれっと謝罪する。

「信じられんな。誠意が感じられない」
「モウシワケ」

 ……と、繰り返される二人のやりとりに、私は弱り果て、意を決して声を上げた。

「あ、あの……。それで、墨の王は?」
「ああ、それなら」 

 志遠が億劫そうに答えた。

「墨の王は死んだ。公表されていないのは、後継争いが勃発しているせいだ。だから、墨は李宝に構っている余裕もないし、貴方が矢面に立つ必要もなかったのだ」
「は……い」

 私はてっきり志遠が、大国の墨を畏れているのだと、思い込んでいたのだが……。

「……もしや、志遠様が王を名乗らなかたのって?」
「そうだよ。状況を見極めて、時がきたら、朱宇王を名乗るつもりでいた。その時、貴方との婚姻の儀も挙げようと考えていたのに……」

 志遠が顔を真っ赤にして、言い放つ。
 つられて、私も赤面してしまった。

「だから、私は怒っている。夫である私を無視して、よりにもよって、雨露などと結託して、李宝と会うなんて」
「申し訳……」
「違う」

 志遠は私の謝罪を遮って、腕の中に囲い込んでしまった。

「私は貴方からの謝罪が欲しいわけではない。本当はどうするつもりだった? あのまま、墨に行くのも仕方ないと思っていなかったか? 最悪、墨王と刺し違えても構わないなんて」
「まさか……」
「だったら、これは何だ?」

 志遠は、私の懐に入れてあったはずの短剣を手に取っていた。

「……あ」
「こんなもの持っていたところで、焼石に水だろ?」

 確かに、短剣一つで、墨の王を暗殺できるはずもないが、最悪の事態を想定して、兵士の方に融通してもらったのだ。

「流々。私を見くびるなと言ったはずだ」

 志遠の迫力に圧され、私は渋々口を開いたのだった。