堕ちた公主は救国の后になる


「流々様。単刀直入に言いますけど、志遠様は面倒臭い方なんです」
「はあ」  

 西域の血も少し入っているという雨露の目は、少し青みがかかっていた。
 それを隠すように、この人は前髪を伸ばしているらしく、表情が読みにくいのだ。
 早口で捲し立てられてしまうと、私も真意をはかりかねてしまう。

「俺は人生相談に乗るために、側近やっているわけじゃないんです。……て、いたたっ」
「あ、すいません。痛みますか?」
「いえ、大丈夫。ちょっと不意打ちだっただけで」

 私は、包帯を少し緩めて巻き直した。
 雨露は怪我人だ。
 後宮に押し入る時に、腕を剣で切られたらしい。
 癒しの手を使おうとしたら、頑なに拒否されてしまったので、それでは、応急処置くらいさせて欲しいと頼みこんで、今日で二回目。
 前回の治療の際、雨露から怪我人が大勢いることを聞いた私は、内廷の医局で怪我人の手当てをするようになり、今回は雨露も足を運んでくれた。
 思考の時間を奪ってくれる多忙な仕事は、ありがたい。
 しかし、志遠は許可を出してはくれたものの、私を医局には行かせたくないようだ。

「……と、まあ、そういうことなので、流々様には房間に戻って、休んで頂きたいのです。貴方の体調が悪いと、志遠様の機嫌が悪くなりますからね」

 この棒読み口調が、彼にとって、不本意な言動であることを示している。
 志遠の気持ちを察して、雨露なりに動いたようだ。

「その……大変、申し訳ないのですが、私はこうしている方が体調も良いのです。本当は癒しの手を使いたいくらいなのですが……」
「やめてください。俺が志遠様に殺されます」
「分かっています。私とて、自ら死期を早めるようなことはしません。でも、何かしてないと……」
「役立たず……と、罵られるから?」
「事実、私は役立たずですから」

 自嘲的な笑みしか浮かべられない、自分が嫌だった。
 しかし、雨露は私とは対照的にあっけらかんとしていた。

「そうでしょうか? 貴方の異能が発動してくれたおかげで、志遠様も俺も生きているんですけど?」
「あれは……。あの移動は、私の力ではありませんから」
「ふーん。そうなんですかね? 俺はアレ、貴方関連の力だと思っていますけど?」
「……え?」

 早口でよく聞こえない。
 周囲の好奇な目に、雨露もすぐに話題を変えてしまった。

「まっ、貴方も長年、正妃に洗脳されているのかもしれませんが、もっと客観的に物事を見て判断するべきですよ。現に、貴方に手当てしてもらって、男共は喜んでいます」

 雨露が周囲を見渡すと、こちらを盗み見していた兵士達が、一斉にそっぽを向いた。

「これは、むしろ、志遠様が激怒しそうな事態です」
「志遠様は、お優しいから」
「あの方が……優しい?」
「ええ。雨露様も」
「いや……。あの方も俺も、優しくなんかありませんよ。もし、あの方が貴方を救いに行きたいというだけで、宮城に攻め込むなんて言ったら、俺、命懸けで止めていましたからね。貴方のことは、元々やってやろうと思っていたことを実行に移す「契機」になったに過ぎない」
「雨露様?」
「とにかく、ちゃんと二人で向き合ってください。俺、かなり迷惑しているので」

 ぎしっと音を立てて、雨露が胡牀から立ち上がると、背後に膨れっ面の志遠が腕組みをして立っていた。