堕ちた公主は救国の后になる


「志遠。どうして、お前がここに!?」

 目を剝いて、陛下が長椅子から身体を起こしたが、すでに、志遠が連れてきた兵に囲まれていた。
 後宮は男子禁制。
 その規則さえ、もう通用しないらしい。
 次から次に、甲冑を身につけた兵士たちが駆け付けて来る。

「西域からこちらに向かっている叛乱軍は囮みたいなものだ。西とは長年敵同士であったが、共通の敵を叩くためなら、同盟くらいは結べる。私は先に都に潜入して、手勢を分散させて、一気に宮城を叩くことにした」
「ふざけるな! 余を護る兵は宮城にも……」
「……いたな。悲惨な戦況を知って、大方逃げ出したようだが?」
「そんなことが?」
「ありえない……と? 舐めるなよ。お前を排除できるのなら、私は何だってする。もっと早くに駆け付けたかったくらいだ。結局、間一髪になってしまって、情けない。流々。大丈夫か?」

 ふるふる……と、私は首を横に振った。
 混乱しすぎて、言葉が出て来なかった。涙だけが溢れて止まらない。

「殺される!?」

 叫声と共に、慌てて逃げようとする宦官、女官たちを、志遠が連れてきた兵士たちが立ちはだかって、塞き止めた。

「比華宮にいる女官、宦官は全員捕えろ。一人も逃すな」
「はっ」

 兵士たち全員が頷いた。

「流々のことを見下し、手をあげた連中を私は絶対に許さない。流々は私の妻だ。私を軽んじたことと同罪とみなす」
「はははっ。何を熱くなっているのか? たかが三カ月。子供の遊びの結婚だ。それを……」
「囀るな」

 ぴしゃりと言い放つと、志遠は剣の切っ先を、陛下の首筋に押し当てた。

「叔父上と呼ぶのも汚らわしい。口を慎め。政務を怠り、この国を貶め……。騙まし討ちで、私を殺そうとした。何より、私の妻に八年もの間、酷い仕打ちをした大罪。その身を持って償ってもらう」

 ごくりと、生唾を呑んでから、先程とは打って変わって、陛下は真顔で何度も頷いた。
 わああっと、あちらこちらで勝鬨の声があがっている最中……。

「あははっ!」

 突如、笑い出したのは、正妃だった。

「嘘おっしゃいな。志遠。お前は墨が怖いのだろう?」
「……李宝」
「お前は取り返しのつかないことをした。墨はお前を許さない。お前は勝ち目のない戦を始める覚悟はあるのか? わたくしを害せば、この国は終わる。西域と手を組んだところで、たかが知れているわ」

 弓を構えた兵士が狙いを定めているが、正妃は志遠の前に、ふらふらと出て行く。
 志遠は微動だにせず、静かな口調で言い放った。

「李宝。私はお前がもう少し利口な女性だと思っていた。裏切られたよ。お前ほど性根の腐った女も、この世にいない」
「偉そうに。あの娘に肩入れした時点で、お前は破滅するのよ」
 
 正妃の昏い瞳が、屠るように私を捉えていた。

「志遠。あれに関わった者は皆不幸になるのだ。玉明様が亡くなったのも、あいつの……」
「黙れ!」

 咄嗟に志遠が遮ったが、私の耳には、しっかり正妃の声は届いていた。

 ――あいつのせいだ……と。

 どくん、どくん。鼓動が速くなる。

(そうよ。私のせい)

 私にもっと力があったら、龍崙は滅ばなかっただろうし、玉明様だって助けることができた。
 志遠にだって、こんな大それたことを、させないで済んだかもしれない。

 ……ちゃんと、分かっているのだ。

「流々?」 

 志遠の声が遠くで聞こえるが、私の意識は闇の中に呑まれてしまった。