堕ちた公主は救国の后になる

「陛下! 私を殺すのなら、お好きになさってください。でも、私の死を利用するのだけはおやめください。どうか、お願いします!」
「ほう? 面白い。お前も未だにあいつを好いているのか?」

 明らかに狼狽えている私は、陛下にとって、溜飲を下げる余興だったようだ。
 女官に酒を給仕させ、赤ら顔ではしゃいでいる。

「ならば、余の側妃にしてやっても良い。その方が志遠も苦しむかもしれぬ。まあ、お前は血色も悪いし、痩せすぎで、まったく、唆られんがな」
「嫌ですわ。陛下。お戯れも程々に。あれはもう屍みたいなもの。さっさと殺してください」
「分かった、分かった。李宝。そう、せっつくな」
「……陛下」
「では、今度こそ、死んでくれ」

 そして、陛下は正妃の肩を抱きながら、私の背後に立っていた護衛の宦官に目配せした。

「やれ」

 たった一言。
 それだけで、私の命運は尽きてしまった。
 呆然としている暇すら与えられず、宦官が私の髪を荒く引っ張る。

「何処で始末を?」
「ここで良い。わたくしが許そう」

 正妃が即答した?

「どうせ、墨国の援軍が来るまでの間、ここを捨てて、隠れなければならないのだ。汚れても、いっこうに構わぬ」
「御意」

 宦官は一礼すると、私の背後で鋭い金属音を立てて、剣を鞘から抜いた。
 どんと背中を蹴られて、私は大理石の床に額をぶつけてしまった。

「……つっ」

 視界が揺らぐほどの激痛。
 それをまた、接待の女官と宦官、十数人がどっと嗤う。
 まるで、見世物だ。

(ここまで……か)

 なんと、惨めで、虚しい最期だろう。

(どうして、私はこんな目に遭わなければならないの?)

 父様、爺様、龍崙のみんな……。

(私、こんな死に方をするほど、酷いことをした?)

「会いたい」

 ――せめて、もう一回、志遠に会いたい。

 あの夜に感謝の気持ちを伝えることはできたけれど、最期に一度。ちらっとだけでも、あの人の顔を見たい。

「……志遠……様」

 そう、名前を呼び終わった頃には、私はこの世にいないと思っていた。

 ――だが。

「えっ?」

 後方から吹き抜ける風。
 それは、大剣が振り下ろされた風圧ではなかった。

(痛く……ない?)

 あちこち身体を見渡してみても、私は傷一つ負っていなかった。
 一体、何が起きたのだろう?

(……まさか?)

 ごとっと音がして、私の視線の先で倒れたのは、今まさに私を殺そうとしていた宦官だった。
 失神している。
 剣の柄で殴打されたのだ。
 事態が飲みこめず、ようやく顔を上げた私の肩を、力強く抱きしめた人がいた。

「ああ」

 耳元で、安堵の息を吐く男性を、私はよく知っている。

「やっと辿りついた。流々」

 ――志遠だった。