堕ちた公主は救国の后になる


 ――後宮に、王が入り浸っている。
 最近、正妃からの呼び出しが減ったと思っていたが、それが原因だったらしい。
 しかも、陛下は相当精神的に追い詰められているようで、折檻された妃もいたそうだ。
 さすがに、正妃には暴力を振るわないようだったが、それでも後宮内の空気は最悪になっていた。
 
(何にしても、正妃様に会わないで済むのは、ありがたいわ)

 癒しの手を使わないでいたら、多少、体調も落ち着くはずだ。
 ……しかし。
 珍しく前向きだった考えは、あっけなく砕かれることになる。
 他の妃が一人、二人と、後宮から姿が消えていることに気づいた頃、私は正妃から比華殿に呼ばれたのだ。

 正確には、陛下からの召し出しだった。

「西域で叛乱が起こった」
「え?」

 叩頭するなり、陛下が告げた。

(なぜ、それを私に?)

 陛下に拝謁するのは、嫁いで来た時以来だ。
 後宮で、私が女官として働いていたことすら、知らないだろうと思っていたのに、こんなふうに名指しで呼ばれるなんて、想定外だ。
 ちらりと顔を上げて盗み見れば、無表情の陛下よりも、隣に座っている正妃の方が苛立っている様子だった。

「叛……乱?」

 内心、どきどきしながら、私は口を開く。
 思い浮かぶのは、志遠のことだけだ。

「奴らは、関門を次々突破してここを目指している。それに呼応するように、朱宇国内でも、反逆者が相次いでいる」
「そう……なのですか」

 間延びした相槌を打ちながら、私はすぐに納得した。

(そうか。だから、陛下は後宮に逃げ込んできたのか)

 国王側が劣勢なのだろう。
 だから、陛下は女の園に隠れているのだ。
 妃たちが姿を消したのも、宮城が危ないせいだ。

「今までの叛乱と違うのは、西域の異民族共をけしかけているのが、志遠だということだ」

 陛下は床几の脇息に寄りかかり、寝間着のまま、気怠げに言った。

「……しかし、志遠様は急な病で、身罷ったと?」
「ふん。嫌味な子ね。わたくしは、死んだと聞いただけよ」

 最初から知っていたくせに、正妃は悪びれずに言い返してくる。
 陛下が薄気味悪い笑みを浮かべていた。

「……まあ、死んでくれたら良かったのだが、手負いなだけに面倒だ。少しばかり士気を落としたいと思ってな」

 普段、嘲笑以外しない正妃も、媚びた笑顔で、陛下にしなだれかかっていた。

「お前の生存を陛下にお話したのよ」
「え?」
「ああ、てっきり、お前は正妃が始末したと思っていたのだが、よもや、八年も生きていたとはな。驚いた」
「……始末」

(何だ、そういうことか……)

 陛下が私を認知していなかったわけではない。
 とっくの昔に、私は「死んだ人間」だったのだ。

「陛下。申し訳ありません。もっと早く、わたくしが始末しておけば良かったのですが……。龍崙の血筋ですから、多少は役に立つかもしれないと、生かしていたのです。でも、もう、こんな「がらくた」いりませんわ。今だからこそ、処分する時でしょう?」

 やはり、正妃は、陛下に私の能力のことを話していないらしい。

(だから、処分……)

 確かに、近いうちに、死ぬような気がしていた。
 癒しの能力も落ちてきたし、そろそろではないか……と。
 しかし、まさか、陛下の御前で死刑が決まるなんて、思ってもいなかった。

「志遠がお前のことを覚えているかは知らないけれど、お前の死を知れば、少しは動揺するのでは?」
「あやつは、いまだ妻帯もせず、お前が渡した佩玉なんぞを身につけていたくらいだからな。お前を殺して晒せば、多少は苦しむかもしれぬ」

(……ひどい)

 この人たちは、私を殺して、志遠の動揺を誘いたいのだ。
 彼を苦しめるために、私の死を利用しようとしている。

(どうして、そんな非道な仕打ちができるの?)

 自分のことなら我慢できる。
 でも、志遠のことになると、無理だった。