◆
――後宮に、王が入り浸っている。
最近、正妃からの呼び出しが減ったと思っていたが、それが原因だったらしい。
しかも、陛下は相当精神的に追い詰められているようで、折檻された妃もいたそうだ。
さすがに、正妃には暴力を振るわないようだったが、それでも後宮内の空気は最悪になっていた。
(何にしても、正妃様に会わないで済むのは、ありがたいわ)
癒しの手を使わないでいたら、多少、体調も落ち着くはずだ。
……しかし。
珍しく前向きだった考えは、あっけなく砕かれることになる。
他の妃が一人、二人と、後宮から姿が消えていることに気づいた頃、私は正妃から比華殿に呼ばれたのだ。
正確には、陛下からの召し出しだった。
「西域で叛乱が起こった」
「え?」
叩頭するなり、陛下が告げた。
(なぜ、それを私に?)
陛下に拝謁するのは、嫁いで来た時以来だ。
後宮で、私が女官として働いていたことすら、知らないだろうと思っていたのに、こんなふうに名指しで呼ばれるなんて、想定外だ。
ちらりと顔を上げて盗み見れば、無表情の陛下よりも、隣に座っている正妃の方が苛立っている様子だった。
「叛……乱?」
内心、どきどきしながら、私は口を開く。
思い浮かぶのは、志遠のことだけだ。
「奴らは、関門を次々突破してここを目指している。それに呼応するように、朱宇国内でも、反逆者が相次いでいる」
「そう……なのですか」
間延びした相槌を打ちながら、私はすぐに納得した。
(そうか。だから、陛下は後宮に逃げ込んできたのか)
国王側が劣勢なのだろう。
だから、陛下は女の園に隠れているのだ。
妃たちが姿を消したのも、宮城が危ないせいだ。
「今までの叛乱と違うのは、西域の異民族共をけしかけているのが、志遠だということだ」
陛下は床几の脇息に寄りかかり、寝間着のまま、気怠げに言った。
「……しかし、志遠様は急な病で、身罷ったと?」
「ふん。嫌味な子ね。わたくしは、死んだと聞いただけよ」
最初から知っていたくせに、正妃は悪びれずに言い返してくる。
陛下が薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「……まあ、死んでくれたら良かったのだが、手負いなだけに面倒だ。少しばかり士気を落としたいと思ってな」
普段、嘲笑以外しない正妃も、媚びた笑顔で、陛下にしなだれかかっていた。
「お前の生存を陛下にお話したのよ」
「え?」
「ああ、てっきり、お前は正妃が始末したと思っていたのだが、よもや、八年も生きていたとはな。驚いた」
「……始末」
(何だ、そういうことか……)
陛下が私を認知していなかったわけではない。
とっくの昔に、私は「死んだ人間」だったのだ。
「陛下。申し訳ありません。もっと早く、わたくしが始末しておけば良かったのですが……。龍崙の血筋ですから、多少は役に立つかもしれないと、生かしていたのです。でも、もう、こんな「がらくた」いりませんわ。今だからこそ、処分する時でしょう?」
やはり、正妃は、陛下に私の能力のことを話していないらしい。
(だから、処分……)
確かに、近いうちに、死ぬような気がしていた。
癒しの能力も落ちてきたし、そろそろではないか……と。
しかし、まさか、陛下の御前で死刑が決まるなんて、思ってもいなかった。
「志遠がお前のことを覚えているかは知らないけれど、お前の死を知れば、少しは動揺するのでは?」
「あやつは、いまだ妻帯もせず、お前が渡した佩玉なんぞを身につけていたくらいだからな。お前を殺して晒せば、多少は苦しむかもしれぬ」
(……ひどい)
この人たちは、私を殺して、志遠の動揺を誘いたいのだ。
彼を苦しめるために、私の死を利用しようとしている。
(どうして、そんな非道な仕打ちができるの?)
自分のことなら我慢できる。
でも、志遠のことになると、無理だった。
――後宮に、王が入り浸っている。
最近、正妃からの呼び出しが減ったと思っていたが、それが原因だったらしい。
しかも、陛下は相当精神的に追い詰められているようで、折檻された妃もいたそうだ。
さすがに、正妃には暴力を振るわないようだったが、それでも後宮内の空気は最悪になっていた。
(何にしても、正妃様に会わないで済むのは、ありがたいわ)
癒しの手を使わないでいたら、多少、体調も落ち着くはずだ。
……しかし。
珍しく前向きだった考えは、あっけなく砕かれることになる。
他の妃が一人、二人と、後宮から姿が消えていることに気づいた頃、私は正妃から比華殿に呼ばれたのだ。
正確には、陛下からの召し出しだった。
「西域で叛乱が起こった」
「え?」
叩頭するなり、陛下が告げた。
(なぜ、それを私に?)
陛下に拝謁するのは、嫁いで来た時以来だ。
後宮で、私が女官として働いていたことすら、知らないだろうと思っていたのに、こんなふうに名指しで呼ばれるなんて、想定外だ。
ちらりと顔を上げて盗み見れば、無表情の陛下よりも、隣に座っている正妃の方が苛立っている様子だった。
「叛……乱?」
内心、どきどきしながら、私は口を開く。
思い浮かぶのは、志遠のことだけだ。
「奴らは、関門を次々突破してここを目指している。それに呼応するように、朱宇国内でも、反逆者が相次いでいる」
「そう……なのですか」
間延びした相槌を打ちながら、私はすぐに納得した。
(そうか。だから、陛下は後宮に逃げ込んできたのか)
国王側が劣勢なのだろう。
だから、陛下は女の園に隠れているのだ。
妃たちが姿を消したのも、宮城が危ないせいだ。
「今までの叛乱と違うのは、西域の異民族共をけしかけているのが、志遠だということだ」
陛下は床几の脇息に寄りかかり、寝間着のまま、気怠げに言った。
「……しかし、志遠様は急な病で、身罷ったと?」
「ふん。嫌味な子ね。わたくしは、死んだと聞いただけよ」
最初から知っていたくせに、正妃は悪びれずに言い返してくる。
陛下が薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「……まあ、死んでくれたら良かったのだが、手負いなだけに面倒だ。少しばかり士気を落としたいと思ってな」
普段、嘲笑以外しない正妃も、媚びた笑顔で、陛下にしなだれかかっていた。
「お前の生存を陛下にお話したのよ」
「え?」
「ああ、てっきり、お前は正妃が始末したと思っていたのだが、よもや、八年も生きていたとはな。驚いた」
「……始末」
(何だ、そういうことか……)
陛下が私を認知していなかったわけではない。
とっくの昔に、私は「死んだ人間」だったのだ。
「陛下。申し訳ありません。もっと早く、わたくしが始末しておけば良かったのですが……。龍崙の血筋ですから、多少は役に立つかもしれないと、生かしていたのです。でも、もう、こんな「がらくた」いりませんわ。今だからこそ、処分する時でしょう?」
やはり、正妃は、陛下に私の能力のことを話していないらしい。
(だから、処分……)
確かに、近いうちに、死ぬような気がしていた。
癒しの能力も落ちてきたし、そろそろではないか……と。
しかし、まさか、陛下の御前で死刑が決まるなんて、思ってもいなかった。
「志遠がお前のことを覚えているかは知らないけれど、お前の死を知れば、少しは動揺するのでは?」
「あやつは、いまだ妻帯もせず、お前が渡した佩玉なんぞを身につけていたくらいだからな。お前を殺して晒せば、多少は苦しむかもしれぬ」
(……ひどい)
この人たちは、私を殺して、志遠の動揺を誘いたいのだ。
彼を苦しめるために、私の死を利用しようとしている。
(どうして、そんな非道な仕打ちができるの?)
自分のことなら我慢できる。
でも、志遠のことになると、無理だった。



