堕ちた公主は救国の后になる


龍崙(りゅうろん)の王族には、特殊な能力が宿る。流々。お前の能力は「癒しの手」だ。慈愛の心を以て人を癒しなさい」

 父は毎日、私にそう言い聞かせた。
 「癒しの手」と呼ばれる能力は、数百年、誕生していない。
 大切に育てたいのだろうと爺様が話していたから、私はきっとこの国から一生出ないのだろうと思い込んでいた。
 けれど、運命とは分からないもので、私は急遽、隣国・朱宇(しゅう)の太子に嫁ぐことが決まってしまったのだ。

「申し訳ない。流々」

 父は私の肩を抱いて、繰り返し、謝罪をしていた。
 
「ねえ、父様。なぜ謝るの? 皆、良縁だって喜んでいたわよ」
「いや、私は最低だ。お前を手放すんだから」
「いいのよ、父様。私は龍崙の公主。国の為なんだから」

 近頃、龍崙は大国の(ぼく)から不平等な条約を押し付けられそうになっていて、墨の脅威に対抗するために、隣国の朱宇と友好関係を深める必要があった。
 父は渋々、政略結婚を決めたのだ。

(私しか独身の王族はいなかったんだから、仕方ないわ)

 けれど、父は責任を感じているようだった。

「流々、よく聞いてくれ」

 肩を強く掴まれて痛い。
 でも、嫌とは言えなかった。
 父が泣いていたからだ。

「お前は道を切り開くことができる子だ。どんな悪路であっても、その道の先に「光」が見えるのなら……。私はそう思ったんだ」
「……光?」
「いずれ分かる。そのために我らの力を貸そう。光を見つけたのなら、その時こそ、お前の人生を始めなさい」

 父の真意は、今も分からない。

 ――けれど。
 確かに、私は「光」を見た。

 貴方と初めて出会ったあの瞬間。
 真っ白に視界が開けて、割れんばかりの歓声と熱気が私の鼓膜を突き抜けた。
 感動と興奮。こみあげてくる激情に、堪えきれずに涙が溢れた。

 ――あの時見た景色を、私は今も忘れることができずに、おめおめと生きている。