花嫁(はな)に翼神(つばさ) ~地を這う蛇と冷遇されたわたしが、天翔ける星とつがいになるまで

 偶然か故意か、続く昼餉と夕餉に陽炎が離れを訪れることはなく、蘭が永遠に明けなければいいと願った夜は無情に通り過ぎた。

 迷い家での最後の朝餉を一人で済ませ、蘭は沈鬱に身支度を始める。これからの山笑う季節を匂わせる桜の付け下げ、飛び交う胡蝶の帯。帯揚げは海の青、帯締めは月の銀だが、……帯留めの蜻蛉玉が瞳の金であることを、当の陽炎は気づいてくれるだろうか。

 海神の使者に会うということで、慣れない手つきで化粧も施す。控えめに紅を差し、丹念に梳った髪にリボンを飾って。淑女としての身嗜みではあるのだが、それ以上に、陽炎の記憶に残るのは、一番綺麗な自分でありたかった。

 すべての工程を終え、蘭はちらりと、名残惜しげに寝所に視線を向ける。

 陽炎からの文をしまっていた文箱は、随分と悩んだけれど、ここに置いていくことにした。持っていっても未練が募るばかり、贈られた着物も裁縫箱も、今日でお別れだ。

 支度を整えて人心地ついたところで、広縁の床板が鳴った。いつしか聞き慣れ、心待ちにするようになった規則正しい足取り。

 鏡台から振り返った蘭は、訪れた陽炎の出で立ちに仰天した。

「か、陽炎さま? どうなさったんですか、その恰好」

 常に着流しか羽織姿であった陽炎は、詰襟の軍服を着ていた。それも、飾緒から推察するに将官級の装いである。

 やや窮屈そうな顔をした陽炎は、それでも涼しい声で言う。

「話し合いの結果、月宮様直々にお出でなさるとのことで、山界に来ていただくのは申し訳なくてな。そうしたら、人界の屋敷を指定された。今の文明開化の世には、神妙な霊威よりも即物的な権威のほうが効果的だろうと日宮様の仰せだ」
「はあ……」

 解るような解らないような理屈だが、とにかく、蘭を引き取るために国生みの女神御自ら陸に上がってくること、これから人界に向かうのだということは承知した。

 何より、蘭は台詞よりも陽炎自身に目を奪われていた。

「……あの、とても素敵です。陽炎さま」

 立ち上がって率直な感想を伝えると、金の瞳が好ましげに細められる。

「蘭殿こそ、よく似合っている。あなたはやはり、麗しき海の至宝だ」
「……ありがとうございます」

 猛き山の覇者に賞讃されて嬉しいはずなのに、何も胸に響かない。心が鉛と化してしまったかのようで、上辺だけの礼の言葉を絞り出すのが精一杯だ。

「では行こうか」

 いつの間にか庭に待機していた薄氷の背に蘭を座らせ、陽炎は自身の背に翼を広げる。天狗と人魚、そして白狐は春を待ち侘びる空へと飛び立った。

「それで、人界のどこで待ち合わせなんですか?」

 迷い家を出てから、蘭は今更のように行き先を尋ねる。風に乗じて空を疾駆していても、多少髪が煽られる程度でまったく苦痛を感じない。互いの声も普通に届く。

「蘭殿には些か心苦しいだろうが……帝都の倉敷邸だ」
「え!?」

 よりによっての指定場所に、蘭の顔が強張る。焦ったように陽炎が弁明した。

「いや、蘭殿の経緯をいろいろ調べていくうちに、月宮様が愛し子が世話(●●)になったお礼参り(●●●●)をしたいと仰られてな。月宮様がお出でになるなら顔を見に行くと日宮様まで言い出すし、当初よりだいぶ大袈裟な話になってきた」
「照日命までいらっしゃるんですか!?」

 国生みの男神と女神が一介の商家に集う。これは確かに、天地開闢以来の一大事だろう。そして「お礼参り」とは祈願成就の礼に寺社に参拝することだが、妙に不穏な空気が漂うのは気のせいか。

 それにしても、陽炎は慎重に言葉を選ぶ割に、ときどき説明が足りないな、と蘭は彼の意外な一面を知った思いだった。

 そうこうしているうちに、天狗の翼と白狐の足は倉敷邸の上空に到着した。蘭にとってはおよそ半年ぶりの、二度と戻ることはあるまいと思っていた婚家。辛い過去の詰まった竹垣の座敷も変わらず、北隅にひそやかに佇んでいる。

「さて、どう入るか……」

 陽炎が短く唸る。人でなしが人の家に入るには、それなりの作法が要るのだ。

 その耳許を掠めるように、流星が庭に面した大広間に落ちた。

 轟音、衝撃。境界を力づくで豪快に押し破り、障子と長押を破壊して二間続きの広間に降り立った流星は、よく見ると軍服の美丈夫と金色の狼の形をしていた。

「何をしておる、早く降りてこんか」

 激震地の只中、のんびりと煙管を一服した美丈夫が、力技に唖然とする蘭と陽炎を見上げて手招きする。瞳は陽光を弾く金、背負う翼もまた見事な金翅であった。

 促されるままに陽炎と薄氷は倉敷家の庭に降り立つ。天狗の(おさ)に、陽炎はすぐさま膝を折って(こうべ)を垂れた。

「このたびは様々にお力添え頂きありがとう存じます、我が君」
「相変わらずの堅物だ、火影(ほかげ)でよいと言っておるのに」

 融通の利かない眷族に嘆息した男神・照日命こと火影は、次いで陸の人魚に金の光揺らめく視線を移し、相好を崩した。将帥の軍服はきっちりと着こなしているが、少し伸びた髪は後れ毛もそのままに無造作に括っただけ。しかしそこに、だらしなさよりも妙な艶かしさを感じさせるのだった。

「おぬしが水影(みかげ)の遠い娘か。なかなか苦労したそうだな」
「い、いえ……」

 遥か雲の上の存在である男神に気安く声をかけられ、薄氷の背から降りた蘭は恐縮しきりであった。

 ところで、倉敷家には奉公人含む住人が当然いて、突然の人でなしの襲来に一挙に広間へ詰め掛ける。しかしどういうわけか、襖を開けたきり、室内に入ってこようとはしない。よくよく見ていると、身を乗り出した者の顔やら腕やらに焔が走り、慌てて首を引っ込めるという様子が繰り広げられていた。

「なっ、何者だ、いや、どなた様で……?」
「お姉様!?」

 その中に、治雅となずなの姿もあった。だが縦社会の軍部に籍を置く治雅は、将帥と将官の軍服に途端に勢いを削がれる。しかし人にあらざる翼を見て、今一度なけなしの気概を振り絞った。

「……いや、騙されないぞ、化け物め! 帝国軍人を侮るな!!」
「別に騙してはおらんぞ? わしらは陸海両軍の元帥と誼を通じておるし、眷族も将兵に紛れ込んでおる。まあ、佐官や尉官程度には知る由もあるまいが」

 ぬけぬけと宣い、ついでに治雅の鼻っ柱も叩き折った火影は、「それより」と蘭たちを土足のまま広間に上がらせ、雲ひとつない青天を眩しそうに見上げる。

「美しき我が妻神(めがみ)のお出ましだ」

 恋焦がれる声に応じるように、彼方で水柱が上がった。そこから姿を現した銀色の龍が、虹の軌跡を描いて広間に突っ込んでくる。倉敷家は再びの衝撃に大きく揺れた。

 欄間をぶち破った龍の頭に女帝の如く腰掛けていたのは一人の貴婦人、紺碧のバッスルスカートの裾を優雅に絡げ、高いヒールを畳に突き立てる。……おそらく隠された御御足(おみあし)は、銀の鱗に飾られているのだろう。

「火影の子。此度はわらわの愛し子を保護していただき感謝します」
「いえ、非才の身ながら、微力を尽くさせていただきました」
「なんだ水影、わしよりも先に陽炎に挨拶か」
「ごめんあそばせ。しかしわらわは今日、妻ではなく母としてここに来ておるのでな」

 国生みの二神の片割れ、海と月の女神、輝月命(かぐつきのみこと)水影はそう言ってすげなく夫神(おがみ)を躱し、陽炎の隣で硬直した蘭に向けて、同性でも見惚れるほどあでやかな笑顔を見せた。そしてゆったりと歩み寄り、忌み子と扱われてきた愛し子を真綿にくるむように抱き締める。

「辛い思いをさせてしまったようじゃのう、すまなんだ。そして、おかえり。我が愛しき娘よ」
「……輝月命様」

 掛けまくも畏き女神の抱擁に、蘭はやはり恐縮し、しかし同時に安堵のようなものも覚えた。戸惑う蘭の顔を覗きこんで水影は上機嫌に笑う。微笑む双眸は、月光を宿した銀色だ。

「そう畏まらずともよい。わらわは海の母、お母様と呼んでくれても構わぬのじゃぞ?」
「それは……」

 もったいない申し出に、咄嗟に蘭の脳裏に浮かんだのは、在りし日の母の姿だった。その追憶を聡く察し、水影は言を翻す。垂れがちの目許とぽてりと朱い唇が婀娜っぽい。

「ふむ、それはまことの母君に失礼か。なれどぜひ、親しみを込め水影と呼んでたもれ」
「水影様……」

 ちなみにこの間にも、焔の結界に阻まれ敷居を越えられない者たちは喧々諤々と騒いでいる。庭から回り込もうにも、黄金の狼と白銀の龍が睨みを利かせていて、とても近づけない。

「さあ、海に帰ろう。皆、そなたの帰還を歓迎するぞ」
「あ……」

 水影に手を引かれ、蘭は陽炎の隣から一歩足を踏み出した。そのまま二歩、三歩と距離が開いていく。

 つい振り返り、目が合うと、陽炎は少しだけ淋しそうに微笑んだ。

「……お達者で、蘭殿」

 様々な想いが蘭の胸中を駆け巡る。当たり障りないものばかりだったけれど、文を交わし言葉を交わし、彼の誠実な人柄に触れた。けれどきっとまだ、蘭が知らない陽炎の側面がいくつもある。何が好きで、何が嫌いで、どんな過去を抱えて、どんな未来を目指して。

 足が止まる。

「……陽炎さま」

 ────あなたのことを、もっと知りたかった。

 見つめる陽炎の姿が潤む。蘭の瞳に銀の光が閃き、目頭に滲んだ熱は、雫となって頬を滴り落ちた。

 雫は珠を結び、畳に転がって月光の如き淡い輝きを放つ。

「なんだあれは……」
「まさか、真珠?」
「うそっ」

 敷居の向こうが、先程までとは別種のどよめきに揺れる。

 転がった人魚の涙を凝視していた水影は、不意にぱっと蘭の手を離して声を上げた。

「────前言撤回じゃ。やはりそなたを龍宮城に迎え入れることはできぬ」
「えっ」
「人界に生まれ、山界の味を食して、陸の匂いが染みついてしまっておる。これはちとよろしくない」
「でも……」

 そうしたら、今後蘭はどこで暮らせばいいのか。取ってつけたような理由で蘭を拒んだ海神は、今度は両手で蘭の肩を掴み、ずいっと陽炎に突き出した。

「そういうわけじゃ。火影の子、責任を取ってもらおう」
「私が?」

 唐突な指名に金の目を丸くする陽炎に、銀の目を据わらせた水影が低い声で迫る。

「わらわの可愛い人魚を山の色に染め、あまつさえ泣かせた責任を取れ、と言うておる」

 そして背後からするりと蘭の顎を撫で、けしかけるように銀の光(かがよ)う視線を流した。

「涙は真珠、血は万能薬、肉を食せば不老不死。おまけに若く美しく気立てもよい娘。これを欲しがらぬとしたら、男としても生物としても、とんだ腑抜けと言わざるを得ぬわ」
「わしは別に必要ないぞ? 最強だし、なによりおぬしがいるからな」
「そなたほど規格外の男はそうおるまいて。まあ、そうでなければわらわと釣り合わぬ」

 隙あらば自惚れ惚気あう夫婦神の遣り取りに、命知らずにも治雅が敷居の向こうから割って入る。

「……でしたら! 俺が引き取ります、そもそも戸籍上はまだ夫婦だ。戻って来い、へ……蘭!」

 蛇女、とかつての蔑称を口にしかけて、さすがに訂正する。血肉も涙も、限界まで搾取してやろうという欲望が、必死の形相にありありと浮かんでいた。

 当然、そんな下劣な雑音には一切耳を貸さず、火影もニヤニヤと陽炎の肩に手を掛ける。

「おぬしも本心では手離しがたかったのではないか? しばらく天気が下り坂だの年の瀬は忙しないだのと理屈をつけて、結局一冬越したのだからな」
「さあ、『はい』か『承知』か、はっきりせい」

 水影が提示した実質一択に、陽炎が出した答えは、蘭の前に片膝で跪くことだった。心許なげに立ち竦む蘭の手をとり、真摯な金の眼差しを注ぐ。

 蘭の意識から、夫や異母妹の罵詈雑言も、見守る男神と女神さえも遠ざかり、世界に陽炎と二人きりになる。

 治雅との間に夫婦の営みなどなかった。異性に女人として熱く見つめられ、貴重なもののように触れられるのは初めてのことで、胸が甘く高鳴る。

 二人きりの世界で、陽炎が口を開いた。

「……夫婦の(えにし)を結ぶのであれば、私はあなたを誰よりも何よりも大切にする。生涯懸けて幸せにすると誓う。もう血も涙も流させない、その分私が強くなり、あなたを守る。────だから蘭殿、どうか、私の妻になってください」

 いかにも彼らしい、堅苦しい求婚の言葉に、蘭は泣き笑いの顔で頷いた。

「はい、陽炎さま。喜んで。────どうぞ末永く、よろしくお願いいたします」

 涙は流させないと言われたばかりなのにこぼれた嬉し涙は、先程の真珠よりも大粒で、まばゆく煌めいていた。

 治雅とも、愛し合って夫婦となったのではない。けれど陽炎とであれば、夫婦となって愛し合うことができると想えた。自分たちはこれから、互いの良いところを知り合い、悪いところは直し合って、尊重し合い支え合い、比翼連理の如く生きていくのだ。

 求婚に応じてくれた感謝を示すように、陽炎はそっと、蘭の指に唇を寄せた。

 初々しく夫婦の誓いを交わした愛し子たちを満足げに見届け、男神と女神は飄々と囁き合う。

「とんだ無駄足だったな、水影」
「そうでもない。そもそも娘の『お礼参り』が必要かと思うてここを選んだのだからの。ついでにそなたの顔も見れた」
「相変わらずつれない。しかしそうか、陽炎の嫁ということは、わしの義娘(むすめ)みたいなものでもあるのか」
「そうなるのう」

 夫婦神は軽く頷き合ったのち、揃ってにっこりと、極上の迫力ある笑顔を、人魚を蛇女と貶め続けた倉敷家の口さがない面々に向けた。

旱魃(ひでり)長雨(ながめ)、どちらが望みかの?」
「……!」

 止雨と慈雨を司る夫婦神の過激な脅迫に、一同は口を噤んで戦慄する。それは蘭も例外ではなく、立ち上がった陽炎に手を預けたまま、急いで二神に声をかけた。旱魃も長雨も、倉敷家や九条家以外にまで迷惑がかかってしまう。

「あの、お二人とも、そこまでしていただかなくても大丈夫です」
「そうかえ?」

 それは残念、と言わんばかりの水影の呟きに、懲りない治雅となずなの叫びが重なる。

「おい蘭、おまえ、俺の妻でありながらほかの男の求婚を受けるとはどういうことだ! おまえは俺のもの、おまえが生む富は俺のものだぞ!!」
「お姉様は山で惨めったらしく野垂れ死にして、惨たらしく鳥に喰われるはずだったでしょう!? どうしてそんな着飾って、素敵な殿方に求婚されてるのよ!」

 かつては身を縮めて耐えるしかなかった罵声や嘲笑。けれど蘭は毅然と姿勢を正して夫婦神に訴える。

「ですがお二方は、軍の上層部とつながりがあるのですよね? わたしを棒で打ち据えたり山に捨てたりといった行為にはそれなりの罪名がつくかと思いますので、そちらをまっとうに裁いていただければ、それで充分です」

 神罰を下してもらおうとは思わないが、泣き寝入りはしたくない。相応の制裁は受けて然るべきだろう。

 蘭の告発に治雅は顔色を失ったが、火影は面白そうに笑った。

「なかなかしたたかな嫁だ、気に入った。しかし安心せい、おぬしを調べる過程で、大佐にも少尉にも、ついでに倉敷の商いにも、横領やら情報漏洩やら裏帳簿やらがわんさか出てきた。軍人としても商人としても終わりだな」

 口調の朗らかさとは裏腹の冷徹な宣告に最も強く反応したのは、意外にも治雅ではなくなずなだった。

「何よそれ……!」

 双眸に憤怒の炎が灯り、射殺すような目つきで、男神ではなく異母姉を睨みつける。結界がなかったら、衿首に掴みかかり拳を振りかぶっていただろう。

「九条家も倉敷家も没落して、お姉様だけが幸せな結婚をするっていうの? そんなの許せない!」

 そこで視線も態度も一転し、なずなは火影に鼻にかかった猫撫で声を向ける。

「金翼の男神様、ぜひあたしを妻にしてくださいませんか? 真心込めて尽くさせていただきます」

 今度は異母姉の夫を略奪するのではなく、更に格上の相手に狙いを定めた。異母姉を超えたいという執念は、もはや狂気に近い。

 妻帯者を籠絡した実績のあるなずなの秋波に、火影は秀麗な顔を心底嫌そうにしかめ、銀鱗の女神の肩を抱き寄せた。

「たわけ。最高の妻(水影)がおるのに、なんでおぬしなんぞを娶らねばならんのだ」

 惚気つつなずなの誘惑を粉微塵に叩き潰した火影の横顔に、陽炎が折り目正しく声をかけた。

「我が君、私たちはそろそろお暇しようと思います。輝く月宮様も、ご足労いただき、ありがとうございました」
「まあ確かに、もうこんなところに用はないが。どうした藪から棒に」
「屋敷に戻り、蘭殿の部屋などを改めて整えなければなりませんので。女手も早急に手配する必要がありますし」

 几帳面な言い分に、火影は大らかに笑った。

「そうか。祝言の日が決まったら教えるのだぞ」
「たまには顔を見せに里帰りに来てくりゃれ」

 嫣然と微笑みながら愛し子の手を握った水影に、蘭はおそるおそる尋ねる。

「いいんですか? その、陸の匂いが……」
「勿論だとも。言うたであろ、いつでも歓迎しよう」
「ありがとうございます……」

 茶目っ気を浮かべる銀の眼差しを受け、万感の思いを込めて、蘭は深々と一礼した。

 新妻の手を改めて握り、陽炎はやわらかく金の瞳を細める。

「では帰ろうか、蘭殿。────私たちの家へ」
「はい……!」

 帰る場所をようやく見つけた蘭は、花開くように顔を綻ばせる。

 雨の夜を一人彷徨い、人知れず泣いていた蘭を見つけてくれた。あなたはわたしの、夜明けの陽光(ひかり)