花嫁(はな)に翼神(つばさ) ~地を這う蛇と冷遇されたわたしが、天翔ける星とつがいになるまで

あちら(●●●)と話がまとまった。蘭殿、故郷に帰るといい」


 朝餉の膳を挟んで向かいに座した陽炎にそう告げられたとき、蘭は、箸を落とさなかったのが不思議なほどに動揺した。

「帰るって……、え? ……どういう、ことです? なんで」

 尋ねる声が震える。だが父に命じられるまま倉敷の家に嫁ぎ、夫に言われるまま鳥葬の山に捨てられた蘭は、できる限り静かに箸を置き、今回は明確に拒絶の意を露わにした。

「……嫌です。九条家にも倉敷家にも、帰りたくなんかありません」

 この温かい暮らしを知ってしまっては、あんな冷たい家には戻れない。……いずれ喰われる生贄でいい、あなたといたいと、縋りついてしまいたい。

 だが陽炎はやんわりと、しかしはっきりと蘭の訴えを却下した。

「それは誤解だ。……悪いが少し、以前の蘭殿の暮らしぶりを調べさせてもらった。あんなところにあなたを帰す気はない。蘭殿が帰るのは、母方の故郷だ」
「母方って……佐伯(さえき)家ですか?」

 母の実家は今も健在のはずだが、母の死後は完全に没交渉だ。今更、離縁寸前の呪われた脚を持つ孫娘が顔を見せたところで、歓迎されるとも思えない。

 しかし陽炎は更に否定を重ね、思いもよらない場所を提示する。

「そうではない。もっとずっと古い、母なる故郷……龍宮城だ」
「りゅうぐう……?」

 御伽話の中にしか聞かない名称を、蘭は茫然と繰り返した。想定外も甚だしく、何より、何故そこが「故郷」になるのか。

 事態がまったく飲み込めない蘭に、陽炎は重々しく告げる。


「あなたは人ではない。蘭殿は海の至宝────人魚なんだ」