花嫁(はな)に翼神(つばさ) ~地を這う蛇と冷遇されたわたしが、天翔ける星とつがいになるまで

 それからも幾度か、蘭は手紙で陽炎に外出を願ったが、案内役はいつも薄氷で、陽炎本人とは一度も顔を合わせないまま秋は終わりを迎えようとしていた。

 血相を変えた薄氷が離れに飛び込んできたのは、そんな晩秋の夕暮れであった。

「おい、お嬢!」
「薄氷さん? どうなさったんですか」

 依頼もしていないのに薄氷が離れに顔を見せることは今までになかった。不調法な訪問に目を丸くする蘭の半色(はしたいろ)の袖を、薄氷が焦れたように咬んで引っ張る。

「いいから来い」
「来いって、わたし、母屋には行かないようにって陽炎さまが」
「早くしろ!」

 有無を言わせない迫力に、蘭は根負けした。それに、親しみやすくはあっても軽佻浮薄ではない薄氷がここまで強硬な手段に出るからには、ただごとではない。

 蘭が初めて足を踏み入れた母屋の一室には、やはり初めて見る眷属の烏天狗たちが首を揃えていた。その中心に設えられた褥に、陽炎が横たわっている。

「……陽炎さま!?」

 三ヶ月ぶりに対面した陽炎は、固く閉ざされた瞼が金色の瞳を覆い隠し、端整な顔からは血の気が失われている。脂汗の浮いた額と苦悶の形に引き絞られた眉間、呼気は浅くも荒く、尋常の様子ではないと一目で窺い知れた。

「日宮の山に行った帰り、はぐれ者の大蛇の毒にやられたんだ。首を落としたのに、執念でロイの足に咬みつきやがった」

 旅路に同行した薄氷が苦々しげに吐き捨てる。

「で、でも、陽炎さまはお強い山神様なんでしょう?」

 一縷の望みに縋るように問いかける蘭に、薄氷は無情に首を振った。

「末期の毒は呪詛に等しい。生半可な薬じゃ効かないし、普通ならとっくにくたばってる」
「そんな……!」

 青褪めてへたり込んだ蘭を険しい眼差しで見据え、薄氷は覚悟を迫る。

「そういうわけで、相棒の危機だ、悪いがお嬢にも協力してもらうぞ」
「も、もちろんです! 陽炎さまをお救いできるなら、なんだっていたします」

 忌み子だ蛇女だと悪し様に疎まれていた蘭に、唯一優しさを見せてくれた人でなし。この一刻を争う状況で自分に何ができるのか、深く考えずに蘭は言い放った。健気というより衝動的な同意の声を引き出した薄氷は、ニヤリと双眸を細める。

「言質は取ったぞ、悪く思うな」

 そう呟くや否や、獣の牙が蘭の五指に咬みついた。

「痛……ッ!?」

 悲鳴を黙殺し、薄氷は溢れる血ごと、蘭の指先を陽炎の口内にねじ込む。舐られる感触に、蘭の首にぞくりと痺れが走った。どくどくと心臓が激しく脈打つ。

 血を流しすぎたのかもしれない。蘭は訳の解らないまま、やがて昏倒した。