あらくも、みやびに

墨を磨ったことはあるだろうか?
硯に水を入れ、黒い石を擦り、墨を作る。あれは沈んだ私の執筆によく似ている。私の中で固まりきったえぐみのある苦そうな塊を、言葉と混ぜて、とろりと溶かす。香り高い墨とは違い、醜い感情から作り出されるそれは、濃い黒なのにうっすら薄墨の気配がするのだ。磨って少しまるみをおびた塊を見て、私は心を落ち着かせる。しかし、また磨るころには、大きさも角も元に戻っている。角張り大きくなったそれをまた磨る。言葉と、たまに涙も混ぜながら。そうしてそれで書いたものは、永遠に、とはいかないが長く長くどこかに残るのだ。
面倒で手のかかる作業。作り出しても、ただ溢すだけなら黒く滲み、拭うと広がり、人の顔が歪む。それを芸術に昇華出来るように、そっと一点に染み込ませる。ここ、というところで強く押さえ、より濃さを感じるように力を入れる。磨ってしまえば、もう元には戻らない。だから、一滴も捨てることないように、たっぷりと。もったいぶらずに筆に、紙にのせる。うみでた黒も、それがあるせいで目立つ白も自分が愛せるように芸術にするのだ。絵画のようなカラフルさは別の私に任せ、今、この墨の侘び寂びも愛したい。
今日も私は「さて」と、硯をだした。