白蛇様の溺愛

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 新居での生活を一言で言えば『暇』だ。
 五歳年上の航は御影家の会社で働いているらしく、朝から夜まで家にいない。一方、大学に行ってなければ就職もしていない華恋は本当にやることがないのだ。
 普通なら、専業主婦として家事をするのかもしれない。しかし、ここは御影家。日本有数の名家の一つだ。もちろん、家中に使用人がいる。仕事も家事もしない華恋は連日書斎でひたすら本を読んで過ごしていた。
 
「航様、おかえりなさいませ」
 夫婦らしいことをしてみようと、一度玄関までお迎えに行った事がある。しかし、航は「おう」と一応返事をして後は無視するだけ。華恋の隣で待機していた使用人に上着とバックを渡してそのまま部屋に戻っていった。
「……奥様も部屋に戻りましょう?」
「そう、ですね……」
 使用人の女性がポンと華恋の肩をたたく。それに従うように、華恋は自室に戻っていった。
 
「結婚、かぁ……」
 華恋は自分の薬指にはめられている指輪を眺める。小さい頃は、絵本の中の王子様が迎えに来てくれるものだと思っていた。我慢した分、幸せがいっぱい待っているのだと思っていた。けれど、やはり人生とはそんな簡単ではないようだ。
 
 もう寝てしまおうと指輪を外すと、華恋の薬指の根元に二つの点が現れる。
 ――蛇さん……。
 これは、4歳の頃蛇に噛まれた時の傷跡だ。あのあとすぐに薬を塗って絆創膏も貼っていたのに、なぜかこの傷跡が残ってしまった。しかし、この傷跡だけがあの幸せだった日々を夢じゃないと証明してくれるものなのだ。

「華恋様、お茶をご用意しました」
「華恋様、お召し物はどうなさいますか?」
「華恋様、お食事のご用意ができました」
 御影家の使用人達はいつも笑顔で華恋のお世話をしてくれる。目を合わせて話をしてくれるし、部屋の移動をするときは隣で歩いてくれる。園田家では使用人達でさえ華恋の顔をみないよう顔をそらし、用が終わったら走って逃げる始末だったのだ。それに比べたら、御影家の使用人達がどれほどいい人達なのか身に染みる思いだった。
 航は基本食事の時以外自室に籠もっているので話すことがない。華恋の話し合いではもっぱら使用人達だった。
 華恋は次第に使用人達をとても信頼するようになっていた。
 あの話を聞くまでは……。

 深夜、目が覚めた華恋はトイレに行こうと廊下を歩いていた。すると、どこからか話し声が聞こえたのだ。聞き耳を立てるのは駄目だと思いつつ、どうしても気になった華恋は声のする方へ行ってみた。
 真っ黒な廊下に一筋の光が差している。扉が少し開いていたため、廊下まで光が漏れたのだろう。華恋は心のなかでごめんなさいと謝りながら、そっと中を覗いた。そこには、主に華恋の身の回りの世話をしてくれているメイド三人がいた。
「――というか、奥様の髪本当にどうなってるんでしょうね?」
 ……え?
「本当に! 十八歳なのにおばあちゃんみたいに真っ白だし〜」
「なんだかちょっと怖いわよね。呪われそうで」
「園田家では実際に忌み子として扱われてたそうだし、呪われるっていう噂もあるらしいわよ……」
「ということは……、私たち、もう呪われてる!?」
「嫌よやめて〜!」
 目の前が真っ暗になった。
 なんで、どうして……?

 あのあと、どうやって部屋に戻ったのか覚えてない。それほどまでにショックだったのだ。
 『忌み子』『呪われる』
 この家に来てから華恋は使用人達を本当に信用していたし、信じていた。
 もう二度と聞きたくないと思っていた言葉を、何より信頼していた人達の口から聞いてしまうだなんて……。
 心の奥底をえぐられたように、酷く痛かった。
「……ふっ、ひっぐ……」

 一度だけでいい、誰かに愛されてみたい。
 小さい頃からの夢は、もう叶いそうになかった。そう思った時、華恋は小さく笑った。
 まだ私は、愛されることを諦めてなかったんだ。
 そう気づいた瞬間、更に涙が止まらなくなった。
 
 ――結局私はどこに行っても愛されない『忌み子』なんだ。