「華恋様、お食事です」
いつも通り使用人はこちらをチラリとも見ずに俯いたまま昼食を持ってきた。
「ありがとうございます」
「それと、本日の十八時に本館の当主の間に来るよう言伝を預かっています」
「え?」
本館に呼ばれることなんてほとんどない。まして、こんな急なことなど、今まで一度もなかったのに……。
「それってどういう――」
「それでは失礼いたします」
詳しく話を聞きたかったが使用人は私を避けるように部屋を出ていってしまった。
「何で、こんな急に……」
蛇と別れて14年、華恋は18歳になった。
あれから特に変わったことはない。古い離れに一人で暮らし、一人でご飯を食べ、一人で眠りにつく。
変わったことといえば、勉強の関係で本館に通うようになったことくらいだろうか。
6歳から学校の代わりとして本館で家庭教師に勉強を教わることになったのだ。
また、勉強だけではなく基本の礼儀作法などもマナー講師に一通り叩き込まれた。一応園田家の令嬢である華恋は、将来それなりの家と結婚することになるだろう。そのための前準備なのだ。
しかし、本館に通えるようになって嬉しいかと言われればそうでもない。別に両親と過ごせるわけではないし、なんなら陰口を言われることが増えたくらいだ。
「あの子よ、あの例の……」
「あぁ、『呪われた長女様』ね」
「見て、あの真っ白な髪」
「あれが地毛とか信じられないわね」
どこに行っても目、目、目。影からひっそり見られ、悪口を言われる。
できれば本館に行きたくないのだが、勉強することは楽しかったので我慢して通ったのだ。
そんな勉強もこの間高校生の範囲まで終わらせたため、もう本館に行く理由もなくなったのに。
一体、今更私に何の用なのだろう……。
お父様の言うことに逆らうことはできないため、渋々本館に行くことにした。
「来たか」
当主の間は本館の中で1番広い畳敷きの部屋であり、主に会食や宴会・一族集会などに使われる。
部屋の一番奥にある段の上にお父様が座っており、その前に華恋が座る。華恋から向かって右側にはお母様と誠が横並びで座っていた。
「お父様、何の御用でしょう?」
「お前に結婚の話が出ている」
「……え?」
一瞬何を言われたか分からなかった。
結婚……? 私が? 誰と?
「あの……」
華恋の言葉を遮るようにお父様は言葉を重ねる。
「相手は御影家のご長男である航様だ。お前も御影家の名前くらいは知っているだろう」
「……はい。主に食料製品の生産をしている大企業の一族ですよね」
「そうだ。我が家もここ数年で御影家と関わりができてな。是非長女をうちにと言ってくださったんだ」
「姉ちゃんを欲しがるなんてどんな物好きかと思ったら、なんだ戦略結婚か〜!」
お父様の言葉に続くように誠が声を上げる。
誠は両親の影響か、基本華恋のことを舐めている。
呪われた白髪を持つ、両親に愛されていない姉。
一方で、両親と同じ黒髪で一心に愛情を受けてきた自分。慢心するのも無理はない。
授業で本館に通うたびに誠はわざわざ顔を出し華恋に声をかけてきた。
「姉ちゃんまたこっちに来たんだ」
「この間父様に褒められてさ〜!」
「今日はこの後食事に行くんだ! 姉ちゃんは行ったことある?」
誠に話しかけられるたび、自分が惨めに思えて仕方がなかった。
私はどれだけ勉強を頑張ってもお父様に褒められたことなんてない。
私は家族と食事なんて行ったことない。なんなら外食すらしたことがない。
3歳年下の弟がこんなに愛されているのに、自分は――と比べてしまうのが嫌で、誠の話を聞きたくなくて、後半はできるだけ誠に会わないようにわざわざ誠の稽古中に本館に行ったりしていた。
「――恋、華恋!」
「っ……はい」
いけない、変な方に思考を飛ばしてしまっていた。お父様の話を全く聞いていなかった。
「婚姻は3日後だ。きちんと準備するように」
「3日後ですか!?」
あまりにも急すぎる日程に驚きが隠せない。もう少し心の準備をさせてほしいんだけど……。
「御影家が今すぐ嫁が欲しいらしい。特に持っていくものもないから準備はすぐに終わるだろう?なんなら明日でもいいんだぞ」
「……いえ、3日後でお願いします」
これ以上何か言ったら本当に明日嫁がされる。とりあえず黙ってお父様の言うことを聞いておかないと。
「はぁ、ようやくお荷物が出ていきますわ」
お母様がため息と共にこちらを鋭い眼光で見つめる。
「とにかく失礼のないように。婚姻するまではうちの娘なんですからね! 失敗したら私たちが恥をかくんですから。せめて最後くらい役に立ってごらんなさい」
『うちの娘』
そんな言葉を聞いたのは初めてだ。お母様も一応私のことを"娘"だと思ってくれていたのか。……いや、名家に嫁ぐ駒としか思ってないだろう。
お父様も、お母様も
呪われた子だと言い離れに閉じ込め、この18年間で顔を合わせたのは片手で数えられるくらいだ。今まで娘として扱われてきたことなんてない。なのに都合のいい時だけ『娘』として良いように扱い従わせようとする。
もう、いいや……。これ以上こんなところに居たくない。
そうだ、もしかしたら、もしかするとその『旦那様』は私を愛してくれるかもしれない。戦略結婚だとは分かっている。でも、戦略結婚から愛が生まれるのは財閥や名家の中ではよく聞く話だ。もしかしたら、私だって……。
そんな希望がじんわりと胸の中を埋め尽くしていく。
そうだ、こんな家から出れるのなら逆に精々するわ! 私は私で幸せになるんだ。
結婚に少し希望が持てた華恋は覚悟を決め、お父様に向かってゆっくりと頭を下げた。
「このお話、承諾いたします」
いつも通り使用人はこちらをチラリとも見ずに俯いたまま昼食を持ってきた。
「ありがとうございます」
「それと、本日の十八時に本館の当主の間に来るよう言伝を預かっています」
「え?」
本館に呼ばれることなんてほとんどない。まして、こんな急なことなど、今まで一度もなかったのに……。
「それってどういう――」
「それでは失礼いたします」
詳しく話を聞きたかったが使用人は私を避けるように部屋を出ていってしまった。
「何で、こんな急に……」
蛇と別れて14年、華恋は18歳になった。
あれから特に変わったことはない。古い離れに一人で暮らし、一人でご飯を食べ、一人で眠りにつく。
変わったことといえば、勉強の関係で本館に通うようになったことくらいだろうか。
6歳から学校の代わりとして本館で家庭教師に勉強を教わることになったのだ。
また、勉強だけではなく基本の礼儀作法などもマナー講師に一通り叩き込まれた。一応園田家の令嬢である華恋は、将来それなりの家と結婚することになるだろう。そのための前準備なのだ。
しかし、本館に通えるようになって嬉しいかと言われればそうでもない。別に両親と過ごせるわけではないし、なんなら陰口を言われることが増えたくらいだ。
「あの子よ、あの例の……」
「あぁ、『呪われた長女様』ね」
「見て、あの真っ白な髪」
「あれが地毛とか信じられないわね」
どこに行っても目、目、目。影からひっそり見られ、悪口を言われる。
できれば本館に行きたくないのだが、勉強することは楽しかったので我慢して通ったのだ。
そんな勉強もこの間高校生の範囲まで終わらせたため、もう本館に行く理由もなくなったのに。
一体、今更私に何の用なのだろう……。
お父様の言うことに逆らうことはできないため、渋々本館に行くことにした。
「来たか」
当主の間は本館の中で1番広い畳敷きの部屋であり、主に会食や宴会・一族集会などに使われる。
部屋の一番奥にある段の上にお父様が座っており、その前に華恋が座る。華恋から向かって右側にはお母様と誠が横並びで座っていた。
「お父様、何の御用でしょう?」
「お前に結婚の話が出ている」
「……え?」
一瞬何を言われたか分からなかった。
結婚……? 私が? 誰と?
「あの……」
華恋の言葉を遮るようにお父様は言葉を重ねる。
「相手は御影家のご長男である航様だ。お前も御影家の名前くらいは知っているだろう」
「……はい。主に食料製品の生産をしている大企業の一族ですよね」
「そうだ。我が家もここ数年で御影家と関わりができてな。是非長女をうちにと言ってくださったんだ」
「姉ちゃんを欲しがるなんてどんな物好きかと思ったら、なんだ戦略結婚か〜!」
お父様の言葉に続くように誠が声を上げる。
誠は両親の影響か、基本華恋のことを舐めている。
呪われた白髪を持つ、両親に愛されていない姉。
一方で、両親と同じ黒髪で一心に愛情を受けてきた自分。慢心するのも無理はない。
授業で本館に通うたびに誠はわざわざ顔を出し華恋に声をかけてきた。
「姉ちゃんまたこっちに来たんだ」
「この間父様に褒められてさ〜!」
「今日はこの後食事に行くんだ! 姉ちゃんは行ったことある?」
誠に話しかけられるたび、自分が惨めに思えて仕方がなかった。
私はどれだけ勉強を頑張ってもお父様に褒められたことなんてない。
私は家族と食事なんて行ったことない。なんなら外食すらしたことがない。
3歳年下の弟がこんなに愛されているのに、自分は――と比べてしまうのが嫌で、誠の話を聞きたくなくて、後半はできるだけ誠に会わないようにわざわざ誠の稽古中に本館に行ったりしていた。
「――恋、華恋!」
「っ……はい」
いけない、変な方に思考を飛ばしてしまっていた。お父様の話を全く聞いていなかった。
「婚姻は3日後だ。きちんと準備するように」
「3日後ですか!?」
あまりにも急すぎる日程に驚きが隠せない。もう少し心の準備をさせてほしいんだけど……。
「御影家が今すぐ嫁が欲しいらしい。特に持っていくものもないから準備はすぐに終わるだろう?なんなら明日でもいいんだぞ」
「……いえ、3日後でお願いします」
これ以上何か言ったら本当に明日嫁がされる。とりあえず黙ってお父様の言うことを聞いておかないと。
「はぁ、ようやくお荷物が出ていきますわ」
お母様がため息と共にこちらを鋭い眼光で見つめる。
「とにかく失礼のないように。婚姻するまではうちの娘なんですからね! 失敗したら私たちが恥をかくんですから。せめて最後くらい役に立ってごらんなさい」
『うちの娘』
そんな言葉を聞いたのは初めてだ。お母様も一応私のことを"娘"だと思ってくれていたのか。……いや、名家に嫁ぐ駒としか思ってないだろう。
お父様も、お母様も
呪われた子だと言い離れに閉じ込め、この18年間で顔を合わせたのは片手で数えられるくらいだ。今まで娘として扱われてきたことなんてない。なのに都合のいい時だけ『娘』として良いように扱い従わせようとする。
もう、いいや……。これ以上こんなところに居たくない。
そうだ、もしかしたら、もしかするとその『旦那様』は私を愛してくれるかもしれない。戦略結婚だとは分かっている。でも、戦略結婚から愛が生まれるのは財閥や名家の中ではよく聞く話だ。もしかしたら、私だって……。
そんな希望がじんわりと胸の中を埋め尽くしていく。
そうだ、こんな家から出れるのなら逆に精々するわ! 私は私で幸せになるんだ。
結婚に少し希望が持てた華恋は覚悟を決め、お父様に向かってゆっくりと頭を下げた。
「このお話、承諾いたします」
