白蛇様の溺愛

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 ある日、華恋は離れの周りを散歩していた。この離れは両親と弟が住んでいる本館からかなり遠いため、多少外に出たくらいで見つかったりしない。
 離れの周りには草木が青々と茂っており、季節によって様々な花が咲きほこる。それを見るのが華恋のささやかな楽しみなのだ。
 
「あ、お花咲いてる!」
 早速綺麗な黄色い花を見つけた華恋は、嬉しそうにきゃっきゃと駆け寄っていった。
 その時、
 『ガサッ』
 草むらから音がした。よく見ると何かがゴソゴソとこちらに向かってきている。
「な、何……?」
 華恋は怖くなってその場から逃げようとした。
 しかし、
「きゃっ……!?」
 慌てていた為か、足を絡ませてコケてしまった。膝からたらりと赤い血が流れる。
「ふぇっ……。誰か、助けて……」
 膝の痛みと恐怖で思わず涙がこぼれる。
 その間にも『なにか』は確実にこちらに向かってきていた。思わずギュッと目をつむる。
 
 こんな時、助けてくれる人いたら……。
 両親と弟の様子を思い出す。
 あぁ、きっとこれが誠ならすぐにお父様とお母様が守ってくれるんだろうな。
 使用人も、心配そうに駆け寄って怪我の手当てをしてくれるんだろうな。
 どれも、私には持っていないもの。
 
 何か諦めのようなものが心に募っていく。どうせ私は、誰にも愛されていない……。
 『なにか』は遂に目の前までやってきた。
 覚悟を決めてゆっくり目を開ける。
「……へ?」
 そこには、綺麗な『白い蛇』がいた。
 白い革に透き通るような真っ赤な目。あまりの美しさに思わず見惚れてしまう。
 ジッと見ていると、尻尾の方が切れて血が出ていることに気が付く。

 ――白いのも、怪我をしているのも、私と一緒だ……

「あなた、私とおそろいね!」

 華恋は生まれて初めて、仲間に出会えたような気がした。
 
「あなたも一人?」
 蛇は最後の気力を使ったのか、華恋の目の前から動かなくなっていた。華恋は屈んで蛇の体をそっと優しく抱きかかえる。
「私が看病してあげる!」
 こうして華恋は離れに蛇を連れ帰った。

 離れに着いた華恋はとにかく手当てできるものを探した。自分でも手当てできるよう救急箱は渡されている。使い方も簡単に教わった。蛇も人間と同じ治療で良いかは分からないが、多分平気だろう。
 棚から救急箱を見つけ、桶にお湯をためタオルを浸す。
 
 温めたタオルで優しく蛇の傷口を撫でると、痛かったのか蛇がビクリと跳ねる。
「ごめんね、痛いよね。もうちょっと我慢してね」
 優しく優しく、丁寧に撫でる。痛くないように、綺麗に治るように祈りながら。
 血を拭き取った後、塗り薬を手に取ったがそっと救急箱の中に戻す。
 流石に人間用の薬は蛇に良くないかもしれない。悩んだ末に何も塗らずそのまま包帯で軽く巻いてあげた。
「よし!できた!」
まだ蛇は動けないが、先ほどよりはマシなのか尻尾をゆさゆさと動かしていた。
 まるで『ありがとう』と言われたようで、なんだかとても嬉しくなった。

「さて、と……」
 桶とタオルを洗おうと立ち上がるとチクリと膝の痛み思わず声が出る。
 そうだ、私も怪我してたんだ……。
「自分の手当もしないとね」
 桶のお湯を入れ替え新しいタオルを用意し、さっき蛇にやったようにお湯に浸したタオルで血を拭き、薬を塗って包帯で軽く巻く。
「できた!」
 自分の手当も終わったことだし、今度こそ桶とタオルを洗おうと立ち上がると、それまでじっとしていた蛇がゆっくりと近づいてきた。
 華恋がそっと抱き上げると、蛇は喜んだように腕に巻きついてきた。
「私たち、おそろいね!」
 その声に反応するように蛇は顔を上げ華恋を見つめる。
「白いのも怪我をしてるのもおそろい!私たち似た者同士だね!」
 すると蛇は華恋の首に巻きついてきた。蛇も華恋と『おそろい』に喜んでいるようで嬉しかった。

 それから蛇は華恋の離れで一緒に暮らすようになった。
 一緒に起きて、顔を洗って2人の包帯を巻き直す。それが朝のルーティンになっていた。
「蛇さん!包帯巻き直すからおいで」
 床を歩き回っていた蛇は華恋の声に反応して一目散に駆けてくる。それが可愛くて仕方がない。
 慣れたように温めたタオルと包帯を取り出し優しく巻き直していく。
「蛇さんもだいぶ傷が塞がってきたわね」
 初めて出会った頃はぱっくり切れていた皮も、ほとんど繋がってきた。これなら、もう少しで完全に治るだろう。
 
 手当てが終わったら朝ごはんを食べる。
 相変わらず冷たいご飯が届けられるが、前よりさみしくない。むしろ温かく感じる。だって蛇さんが隣にいるんだもの。
「あ!今日の朝ごはんお茶漬けだ。私、これ好きなんだ!」
 華恋が話すと蛇は答えるように足に巻き付く。
 最近は、どこに行くにも蛇と一緒だ。
 ご飯を食べている時も、洗い物をしている時も、届けられた洗濯物を畳んでいるときも、寝るときも……。
 
 生まれて初めて寂しさから解放された華恋は、できるだけこの生活を続けたいと考えていた。
 しかし、蛇は外からやって来たのだ。元々野生だったのだろう。
 それなら、ずっとここに居させるわけにはいかない。蛇には蛇の人生があるのだ。華恋は自分の我儘で蛇を閉じ込めたくはなかった。
 せめて、蛇さんの怪我が治るまでは……。
 寂しさから目を背けるように、華恋は懸命に蛇のお世話をした。

「あ!蛇さん見て!お花咲いてるよ」
 食後の散歩も毎日のルーティンだ。蛇は華恋の首に巻き付き、華恋は蛇に話しかけながら離れの周りを歩く。
 離れの裏に昨日まで蕾だった花が咲いていることに気付き華恋は駆け寄る。
「綺麗ねぇ……」
 蕾の頃から見守っていた華恋は感慨深くなりしばらくじっとその花を見つめていた。
 すると蛇が華恋の首からスルリと移動する。
「蛇さん?」
 蛇はガジガジと茎を噛み、花を口にくわえ華恋に渡すように手元に巻きついた。
「もしかして、私にくれるの?」  
 ゆさゆさと尻尾をふる。まるで蛇が『うん』と頷いてくれたような気がした。
「……っ、ありがとう。大切にするね」
 生まれて初めての貰い物を、華恋は大事に大事に抱え離れに持ち帰った。

「とりあえず、水をあげないと……」
 離れに帰ってすぐ華恋は蛇から貰った花を飾る花瓶を探したが、そんな物はここにはなかった。
 仕方がないので硝子のコップに水を入れその中に花を飾った。
 これでしばらくは持つだろう。
 窓辺に置いた花を華恋はずっと見ていた。
 黄色い花が窓から差す光に照らされてそれはそれは綺麗なのだ。 
 華恋が嬉しそうに花を眺めているのを蛇はじっと見つめていた。

 それから二週間後、蛇の怪我は完全に治った。傷も綺麗に塞がり、毎日部屋の中を元気に駆け回っている。これならもう外へ逃がしても大丈夫だろう。
 華恋は別れの覚悟を決め、蛇を呼んだ。
「蛇さん、お散歩しよっか」

 いつもの様に蛇は華恋の首に巻き付きご機嫌なようだ。たまにぺろぺろと頬を舐めてきてくすぐったい。
 しばらく歩くと蛇と初めて出会った草むらに着いた。華恋は首から蛇をそっと外し地面に置く。蛇は突然のことに驚いたように華恋の顔を見るが、うつむいていてよく見えなかった。
「蛇さん、あなた外から来たんでしょう?ずっと一緒にはいれないの」
 ここにいたら、名残惜しくなってしまう。さよならを告げて早く部屋に戻ろう。
「ばいばい、蛇さん」
 蛇に向かって手を振ると、急に左手に絡みついてきた。
「きゃっ!?……痛っ!!!」
 蛇は華恋の左手薬指のつけ根を軽く噛んだ。今まで噛まれたことのなかったため酷く驚いてしまった。
 蛇は満足したのか、血のついた手を抑え呆然と立ち尽くしている華恋を背に草むらへ去っていった。

 私はまた、ひとりぼっちに戻った。
 元に戻っただけ、そう思っても心にぽっかり穴が空いたような喪失感でいっぱいになりしばらくその場から動けなかった。
 部屋に戻ると全てがモノクロに見えた。あんなに楽しかった日々が全部夢だったみたい。
 一緒にご飯を食べた机、一緒に寝た布団、一緒に手当した包帯……。蛇さんが居た形跡が至る所に残っていた。
  たった三週間一緒に居ただけだったのに、蛇は華恋にとって何よりも大切な存在になっていたのだ。
 
 ひとりぼっちだった生活に彩りを与えてくれた。
 隣にある温かさを知ってしまった。
 初めて、この離れに笑い声が響いたのだ。

 一度温もりを知ると『一人』がさみしく思えてしまう。今までずっとそうだったのに、元に戻っただけなのに。
「蛇さん、また会えるかな……」
 華恋は美しい白い蛇を思い、布団を濡らしながら眠った。