白蛇様の溺愛

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 お菓子パーティーも終わり二人で片付けをしている中、華恋は思った。
 ――もうすぐ、この生活も終わってしまう。
 白夜はきっと、最後に華恋を楽しませようとわざわざこんなパーティーを開いてくれたのだ。それがわかるからこそ、もう終わってしまうという寂しさが胸を締め付ける。
 
「もっと……ここにいたいなぁ」
 
 すると、残ったお菓子の整理をしていた白夜が驚いた顔でこちらを振り返った。
「白夜様、どうされました?」
「……華恋、今の言葉本当か?」
 今の言葉……? え、もしかして口に出ていたのだろうか!? 完全に無意識だった!
「えっと、そのごめんなさい! ついポロっと出てしまって……!」
 慌てた様子で弁解する華恋だが、白夜の耳には届いていなかった。
 ――華恋が、ここに居たいと言ってくれた……?
「――ですから、その……きちんと三日後に戻りますので……」
「っ……戻らなくていい!」
 思わず華恋の手首を握り大声を出してしまう白夜。ビクリと体を震わす華恋を見てパッと目を離した。
「いや、その……すまない。思わず大声が出てしまって」
「いえ、大丈夫です。それより――私、ここに居ていいんですか?」
「っ……あぁ、もちろんだ! 俺はずっと華恋と一緒に暮らしたかった!」
「ずっと……?」
 白夜は、正直に自分の気持ちを話すをすることにした。

「蛇として一緒に過ごした十四年前から、ずっと華恋のことが好きだったんだ……」
「え? ……えぇっ!?」
 思わず声を上げてしまう華恋。十四年前から? ずっと……?
「だが、どれだけ探しても華恋は見つからないし、ようやく見つけたときにはもう御影家に嫁いでいたから清く諦めようとしたんだ。でも、一度だけ……。もう一度だけ話がしたいと思った」
「それで、家に?」
「あぁ、急に押しかけてすまないと思っている。しかも、自分でも気づかないうちに『一緒に住まないか』なんて言ってしまって……」
 申し訳なかったと頭を下げる白夜に焦って顔を上げさせる華恋。
「そんな、謝らないでください! 私は、とっても嬉しかったです」
「っ……本当か!?」
「はい。初めて、私自身を求めてもらえた気がして……」
 恥ずかしそうに俯く姿を見て、白夜は思わず華恋抱きしめた。
 
「華恋、……結婚しないか?」


「…………えぇ!?」
「あっ! いや……、すまない!」
 また勢いで話してしまったと後悔する白夜。華恋はもう御影航と結婚しているのだ。そんなこと、できるはずない。慌てて離れようとすると、華恋がぎゅっと白夜の服の裾を掴んでいた。
 
「華恋……?」
「私と、結婚してくださるのですか……?」
白夜は自分の耳を疑った。
「いや、それはこっちの台詞だが……? 結婚してくれるのか?」
「…………こんな呪いの子でよろしければ」
「華恋は呪いの子などではない!」
思わず華恋の肩を掴んでしまった。しかし、これは華恋が悪い。自分のことを『呪いの子』なんて言うから。
「華恋は呪いの子などではない。誰よりも優しく美しい心を持っている華恋が、人を呪うわけがないだろう!?」
 その言葉に目頭がツンと熱くなると同時に、胸がドクンと高鳴った。まただ。ここに来てからもう何度も、心臓がドキドキして痛い。こんなこと、生まれて初めての経験だった。
 ――これが、『好き』ってことなのだろうか。

 華恋は白夜の袖を握ったまま問いかける。
「本当に、私と結婚してくれるのですが?」
「あぁ、華恋が良ければ」
「一緒にいてくれるのですか?」
「あぁ」
「ずっと側にいてくれますか?」
「あぁ」
「……帰ってきたら、『おかえり』って言ってくれますか?」
「もちろん」
「私が白夜様に、『おかえり』って言っても、いいですか……?」
「華恋が出迎えてくれるのか? それほど嬉しいことはないよ」
「一緒にお買い物に行ったり……、一緒に散歩したり、してくれますか?」
「それもいいな。買い物の時は俺が運転しよう。家の近くに広い公園があるんだ、春になったらそこで散歩しながらゆっくりお花見でもしよう」
「っ……」
「華恋。他に、欲しいことはあるか?」
「………………私を」


――私を……愛してくれますか?

 小さく縋るようなその声は、白夜の耳にきちんと届いていた。
「勿論だ。ずっと愛しているよ」
「……私、意外と重い女ですよ? そんなこと言ったら、一生白夜様の側から離れないですからね」
「それなら、俺にとっても好都合だ。俺も華恋を一生離す気はないからな」
「っ……、本当に? 本当にずっと一緒にいてくれる?」
「何度もそう言ってるだろう。俺はこの瞬間を十四年間待ち焦がれていたんだぞ?」
「ふふ、そうでしたね」
「華恋の方こそいいのか? 一応結婚している身だろう?」
「……航様は、私に何の興味もないどころか疎ましく思っていらっしゃるので、きっとすぐに離婚を承諾してくれると思います」
「本当か? そればっかりは二人のことだからあまり手を出せないが、何かあったら俺も助けよう」
「ふふっ、ありがとうございます」
 でもきっと、大丈夫だろう。
 白夜が思っている以上に航は華恋に興味がないし、城崎家との結婚となればお父様が喜んで許してくれるはずだ。御影家への対応は父親に丸投げすることにする。ずっと幽閉されて育ったのだ、それくらいの我儘は許してほしい。

「本当の本当に私でいいんですね? 後悔しても知りませんよ。私、離れませんから」 
「ようやく手に入れたんだ。絶対に手放さない」
 白夜が華恋の髪をふわりと撫でる。それに応えるように華恋が顔を上げると、白夜はとても優しい眼差しでこちらを見ていた。

 ――あぁ、この人が好きだ
 生まれて初めての感情を、この人は沢山私にプレゼントしてくれた。
 華恋の目から絶えず溢れる涙を、白夜は優しく手で拭った。それに華恋が思わず白夜に抱きつくと、白夜も強く、でも優しく抱き返してくれた。

 きっと、この感情がそうなのだろう。
 そうでなかったら、私は一生その感情を知ることはできない。
 温かくて、でも少し熱くて、痛くなるくらいに愛おしいこの気持ちの名前は――
 
 
「白夜様、『愛しています』」
「あぁ、俺も華恋を『愛している』」

 華恋は生まれて初めて、『愛』をもらった。
 華恋の冷たく凍えていた心を白夜という光が優しく包み込み溶かしてくれたのだ。
まるで、雪を溶かす春の暖かさのように。
 華恋の心にも、ようやく春が訪れた。