一方で、実は白夜も同じ思いを抱えていた。
白夜は蛇として華恋に拾われたあの日に、初恋をした。幼い日から恋焦がれていたその人の正体に気づいた時には、彼女はもう結婚していたのだ。
白夜が華恋のことを知ったのは園田家と御影家の婚約発表だった。社交会で話題になったそれを白夜も知ってはいた。
白夜はずっと『かこ』を探していたが、どの家の資料を見てもかこという少女を見つけることができなかった。あとから気づいたのだが、園田家は華恋の存在を公表してなかったので白夜が見つけられるはずもなかったのだ。
そして、話題になった園田家と御影家の資料を読んで白夜は驚愕する。
「華恋……『かこ』?」
名前の漢字すら知らなかった。そうか、『かこ』とはこんな字なんだな。
最初は、たまたま『かこ』と同じ名前同じ年の女の子が結婚したんだと思っていた。しかし、『御影家に嫁いだ嫁は園田家に伝わる白髪を持っている』という文を読んでこの少女があの日自分を救ってくれた『かこ』だと気づいたのだ。
あぁ、遅かった。彼女はもう、愛した人と結婚してしまった。
もう諦めようとした。彼女の幸せを奪ってまで彼女と一緒に過ごしたいわけではない。彼女には、幸せになってほしいのだ……。
しかし、そうやって自分の気持ちに無理やり蓋をしてやり過ごしていた日に、『華恋と航は戦略結婚である』ということを知ったのだ。ついでに『航は華恋を空気のように扱っている』とも……。
それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
華恋の幸せのために身を引いたが、華恋は今幸せじゃないかもしれないのだ。白夜は知っている、あの少女がどれだけ『愛』に飢えていたのかを。
――蛇さん、『愛』ってどんなものなのかな
そう言って寂しそうに笑う少女を、蛇だった自分は見ていることしかできなかった。
それからはもう自分でもどうしてそんな行動に出たのか覚えていない。
気づいたら御影家の玄関前に立っていた。
いや、わかっている。これはいけないことだ。新婚の嫁を無理やり横取りすることなどできないし、しない。
――ただ、顔を見て、彼女が今幸せかどうかだけ確かめたい……。
それだけのつもりだったのに、結局白夜は気持ちを抑えきれず華恋を家に招いてしまった。
嬉しかった、とても。
でも、世間様からは非難される内容であることはわかっていた。
華恋ともっと一緒にいたい。でも彼女には帰るべき家がある。一ヶ月、この夢のような時間を大切に過ごそう。
華恋も白夜も、お互いの気持ちには全く気づいていなかった。
お泊り終了の三日前、白夜は夜空いているか華恋に尋ねた。
特に用事のない華恋はもちろんその日の夜も空いていたため素直に頷いた。
そんな華恋の様子を見て、白夜は高らかに宣言する。
「約束していたお菓子パーティーをやろう!」
白夜はリムジンではない自分の車も持っているため、それに華恋を乗せて近くのスーパーまでやってきた。
お菓子コーナーまで連れて行くと華恋にかごを持たせた。
「その中に好きなだけお菓子を入れるといい」
「……でも、いいんですか?」
いいんですか?と聞きつつ、華恋の目が歓喜と期待に満ちているのを白夜はわかっていた。白夜は頭をポンポンと撫でた。
「もちろん。パーティーなのだからお菓子はいっぱいあったほうが盛り上がるだろう? 好きなだけ入れろ」
「っ……はい!」
嬉しそうにチョコレートやポテトチップスをかごに入れていく華恋。それでもやはり遠慮してしまったのかかごの半分にも満たないのにもういいと渡してきたのだ。
「いや、パーティーなのだからもっと必要だ」
「でも……」
「今日は楽しむ日だ。お金の心配はしなくてもいいんだぞ」
そこまで言ってもやはり気になってしまう華恋の様子を見て、白夜も自分の食べたいお菓子をバンバンかごに入れていく。途中華恋に「これ食べてみるか?」と聞くと、華恋はだいたい恥ずかしそうに頷きながら「食べてみたいです……」と答えてきた。
ほら、やっぱり食べたいんじゃないか。遠慮しなくていいのに。
結局かごいっぱいになったお菓子たちをお支払いして家に帰ってきた。
華恋が玄関をくぐると、なぜか白夜が入ってこない。
「白夜様……?」
「華恋、ただいま」
「え? えっと……、おかえりなさいませ」
急な事で驚いたが、白夜は本当に華恋の『おかえりなさい』が好きなようだ。このひと言でそんなに喜んでもらえるなんて、白夜様に出会わなければ知ることはなかっただろう。
「華恋のもおかえり」
白夜の言葉に驚いて振り返ってしまう。白夜はニコニコと笑って華恋の言葉を待っているようだった。
何を言ってほしいのか分かった華恋は少し気恥ずかしくなり俯くが、唇をぐっと噛んで顔を上げた。
「白夜様、ただいま」
「あぁ」
よほど嬉しかったのかルンルンでお菓子をリビングに置きに行った白夜。華恋はその場から動けなかった。
――初めて、『ただいま』って言えた……!
離れではひとりぼっちだったし、御影家に嫁いでからも特に外出することがなかった華恋は『ただいま』と言ったことが、『おかえり』と言われたことがなかったのだ。きっとこれが航なら、ただいまという華恋を無視してリビングまで行ってしまっていただろう。
それが分かっているからこそ、こうやってこの先一生言えないと思っていた、言われないと思っていた言葉が聞けて嬉しかった。
「華恋ー? どうかしたか」
なかなかリビングに入ってこない華恋を心配して白夜が様子を見に来た。
「……いいえ! なんでもございません!」
「ふっ、本当か〜? 嬉しそうな顔をしているぞ」
「してないです!」
そうは言ったものの、自分の頬が上がってしまっていることは華恋自身もわかっていた。
大皿に様々なお菓子を少しずつ置く。なんて贅沢なんだろう。白夜はお菓子と一緒に様々なジュースも買ってくれた。それをグラスに淹れ二人で乾杯する。
「っ……!? これが、炭酸……!」
「炭酸飲むの初めてだったのか!? 大丈夫か?」
「はい! おいしいです。本当にパチパチするんですね!」
大興奮している華恋を見て白夜は大声を上げて笑った。
「な、なんでそんなに笑うんですか!?」
「ははっ……!ごめん何もないんだ」
「じゃ、じゃあそんなに笑わないでください……!」
「あぁ、すまない……。っ……ふははは」
「もう!」
恥ずかしさで真っ赤な顔をぷいっとする華恋。
「ははっ……。華恋ごめんってば、これで機嫌直してくれ」
そう言って白夜は華恋の口にチョコレートを入れた。途端に華恋のムスッとしていた顔がパァッと明るくなる。
「美味しいだろ?」
「……とっても! とってもおいしいです!」
「そうだろう? ほら、これも食べてみろ」
食べたことのない様々なお菓子に華恋は目を輝かせ、そんな華恋の様子を白夜は微笑ましそうに見ていた。
白夜は蛇として華恋に拾われたあの日に、初恋をした。幼い日から恋焦がれていたその人の正体に気づいた時には、彼女はもう結婚していたのだ。
白夜が華恋のことを知ったのは園田家と御影家の婚約発表だった。社交会で話題になったそれを白夜も知ってはいた。
白夜はずっと『かこ』を探していたが、どの家の資料を見てもかこという少女を見つけることができなかった。あとから気づいたのだが、園田家は華恋の存在を公表してなかったので白夜が見つけられるはずもなかったのだ。
そして、話題になった園田家と御影家の資料を読んで白夜は驚愕する。
「華恋……『かこ』?」
名前の漢字すら知らなかった。そうか、『かこ』とはこんな字なんだな。
最初は、たまたま『かこ』と同じ名前同じ年の女の子が結婚したんだと思っていた。しかし、『御影家に嫁いだ嫁は園田家に伝わる白髪を持っている』という文を読んでこの少女があの日自分を救ってくれた『かこ』だと気づいたのだ。
あぁ、遅かった。彼女はもう、愛した人と結婚してしまった。
もう諦めようとした。彼女の幸せを奪ってまで彼女と一緒に過ごしたいわけではない。彼女には、幸せになってほしいのだ……。
しかし、そうやって自分の気持ちに無理やり蓋をしてやり過ごしていた日に、『華恋と航は戦略結婚である』ということを知ったのだ。ついでに『航は華恋を空気のように扱っている』とも……。
それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
華恋の幸せのために身を引いたが、華恋は今幸せじゃないかもしれないのだ。白夜は知っている、あの少女がどれだけ『愛』に飢えていたのかを。
――蛇さん、『愛』ってどんなものなのかな
そう言って寂しそうに笑う少女を、蛇だった自分は見ていることしかできなかった。
それからはもう自分でもどうしてそんな行動に出たのか覚えていない。
気づいたら御影家の玄関前に立っていた。
いや、わかっている。これはいけないことだ。新婚の嫁を無理やり横取りすることなどできないし、しない。
――ただ、顔を見て、彼女が今幸せかどうかだけ確かめたい……。
それだけのつもりだったのに、結局白夜は気持ちを抑えきれず華恋を家に招いてしまった。
嬉しかった、とても。
でも、世間様からは非難される内容であることはわかっていた。
華恋ともっと一緒にいたい。でも彼女には帰るべき家がある。一ヶ月、この夢のような時間を大切に過ごそう。
華恋も白夜も、お互いの気持ちには全く気づいていなかった。
お泊り終了の三日前、白夜は夜空いているか華恋に尋ねた。
特に用事のない華恋はもちろんその日の夜も空いていたため素直に頷いた。
そんな華恋の様子を見て、白夜は高らかに宣言する。
「約束していたお菓子パーティーをやろう!」
白夜はリムジンではない自分の車も持っているため、それに華恋を乗せて近くのスーパーまでやってきた。
お菓子コーナーまで連れて行くと華恋にかごを持たせた。
「その中に好きなだけお菓子を入れるといい」
「……でも、いいんですか?」
いいんですか?と聞きつつ、華恋の目が歓喜と期待に満ちているのを白夜はわかっていた。白夜は頭をポンポンと撫でた。
「もちろん。パーティーなのだからお菓子はいっぱいあったほうが盛り上がるだろう? 好きなだけ入れろ」
「っ……はい!」
嬉しそうにチョコレートやポテトチップスをかごに入れていく華恋。それでもやはり遠慮してしまったのかかごの半分にも満たないのにもういいと渡してきたのだ。
「いや、パーティーなのだからもっと必要だ」
「でも……」
「今日は楽しむ日だ。お金の心配はしなくてもいいんだぞ」
そこまで言ってもやはり気になってしまう華恋の様子を見て、白夜も自分の食べたいお菓子をバンバンかごに入れていく。途中華恋に「これ食べてみるか?」と聞くと、華恋はだいたい恥ずかしそうに頷きながら「食べてみたいです……」と答えてきた。
ほら、やっぱり食べたいんじゃないか。遠慮しなくていいのに。
結局かごいっぱいになったお菓子たちをお支払いして家に帰ってきた。
華恋が玄関をくぐると、なぜか白夜が入ってこない。
「白夜様……?」
「華恋、ただいま」
「え? えっと……、おかえりなさいませ」
急な事で驚いたが、白夜は本当に華恋の『おかえりなさい』が好きなようだ。このひと言でそんなに喜んでもらえるなんて、白夜様に出会わなければ知ることはなかっただろう。
「華恋のもおかえり」
白夜の言葉に驚いて振り返ってしまう。白夜はニコニコと笑って華恋の言葉を待っているようだった。
何を言ってほしいのか分かった華恋は少し気恥ずかしくなり俯くが、唇をぐっと噛んで顔を上げた。
「白夜様、ただいま」
「あぁ」
よほど嬉しかったのかルンルンでお菓子をリビングに置きに行った白夜。華恋はその場から動けなかった。
――初めて、『ただいま』って言えた……!
離れではひとりぼっちだったし、御影家に嫁いでからも特に外出することがなかった華恋は『ただいま』と言ったことが、『おかえり』と言われたことがなかったのだ。きっとこれが航なら、ただいまという華恋を無視してリビングまで行ってしまっていただろう。
それが分かっているからこそ、こうやってこの先一生言えないと思っていた、言われないと思っていた言葉が聞けて嬉しかった。
「華恋ー? どうかしたか」
なかなかリビングに入ってこない華恋を心配して白夜が様子を見に来た。
「……いいえ! なんでもございません!」
「ふっ、本当か〜? 嬉しそうな顔をしているぞ」
「してないです!」
そうは言ったものの、自分の頬が上がってしまっていることは華恋自身もわかっていた。
大皿に様々なお菓子を少しずつ置く。なんて贅沢なんだろう。白夜はお菓子と一緒に様々なジュースも買ってくれた。それをグラスに淹れ二人で乾杯する。
「っ……!? これが、炭酸……!」
「炭酸飲むの初めてだったのか!? 大丈夫か?」
「はい! おいしいです。本当にパチパチするんですね!」
大興奮している華恋を見て白夜は大声を上げて笑った。
「な、なんでそんなに笑うんですか!?」
「ははっ……!ごめん何もないんだ」
「じゃ、じゃあそんなに笑わないでください……!」
「あぁ、すまない……。っ……ふははは」
「もう!」
恥ずかしさで真っ赤な顔をぷいっとする華恋。
「ははっ……。華恋ごめんってば、これで機嫌直してくれ」
そう言って白夜は華恋の口にチョコレートを入れた。途端に華恋のムスッとしていた顔がパァッと明るくなる。
「美味しいだろ?」
「……とっても! とってもおいしいです!」
「そうだろう? ほら、これも食べてみろ」
食べたことのない様々なお菓子に華恋は目を輝かせ、そんな華恋の様子を白夜は微笑ましそうに見ていた。
