白蛇様の溺愛

 3日後、約束の日になった。
 あれから電話でやりとりをしていた華恋と白夜は話し合いの結果、蛇と過ごした期間と同じ一ヶ月共に過ごすことになった。もちろん華恋は航に報告したが、航はまた上の空の返事だったためきちんと聞いていたかは定かではない。
 服の用意は要らないと言われたので最低限必要なものを鞄に詰めて玄関を出ると、外でリムジンが待機していた。
「華恋!」
「白夜様!」
 電話でもずっと会話をしていた二人はどんどん仲良くなっていた。断然楽しみになっていた。
「一ヶ月間よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 リムジンに揺らされている間、華恋はきょろきょろしたいのをぐっと我慢していた。車に乗るのは人生で二度目、リムジンは初なのだ。本当はもっとはしゃぎたいのだが、お母様に言われた『はしたないですよ』という言葉が頭をよぎったのだ。
 流石にこれからお家に止まらせていただくのにはしたない姿を見せるわけにはいかない……。
 俯いてじっと座っている華恋に白夜が話しかけた。
「華恋はリムジン乗るの初めてか?」
「はい」
「こんなのもあるんだぞ」
 白夜が座っていたシートの隣にある箱を開けると、その中からお酒やジュースが大量に出てきた。
「え!? 凄い……」
「だろう? 冷蔵庫になっているんだ。何か飲みたいものはあるか」
「なら……、オレンジジュースをお願いします」
「わかった」
 白夜もオレンジジュースを飲むのか、二つのグラスにオレンジジュースを注ぎだした。
「はい華恋」
「ありがとうございます」
 渡されたグラスを一瞬見つめると、グイッとジュースを口に入れる。
「っ……! 美味しいです白夜様!」
「ふ、普通のオレンジジュースだけどな……」
 まさかのオレンジジュースに大興奮の華恋に少し驚く白夜。冷蔵庫にびっくりすると思っていたが、まさかそんなにオレンジジュースが好きだったとは……。なるほどなと頷いていた白夜だが、実は違うのだ。
「私、ジュースを飲むの初めてで……。美味しいですね」
「待て、初めて?」
「……?はい、初めてです」
 白夜は酷く驚くが、同時に昔のことを思い出した。
 幽閉された空間で、届くのは冷たい食事のみ。確かにあの家がジュースやお菓子を与えていたとは思えない。
「っ……! 華恋! お泊り記念にお菓子パーティーをするぞ!」
「え!? あ、はい! 私、チョコレートが食べてみたいです」
「あぁわかった! 大量のチョコを用意しておこう!」
「いえ、ちょっとで大丈夫ですよ……?」
 そんな会話をしているといつの間にか着いたらしくリムジンが止まった。
 車を降りると、目の前には大きなタワマンがそびえ立っていた。
 思わず『わぁ……』と声の出る華恋。
 実家は日本屋敷、嫁いでからの新居も三階建ての一軒家だったため、マンションというのに入ったことがないのだ。案の定エレベーターに大興奮してしまったが、そんな華恋を白夜は穏やかな顔で見守っていた。
「ここだ」
「凄い……」
 タワマンの上階の一室が白夜の家だった。全体的に落ち着いた雰囲気で、綺麗に掃除もされていた。
 パット見た感じ、家族で住んでいるわけではなさそう……?
「あの、ここには一人で?」
「あぁ、大学入学に合わせて一人暮らしを始めたんだ」
 白夜曰く、一回は一人で生活してみなさいという両親の方針によって大学入学とともに大学に近いこのタワマンに引っ越してきたらしい。
「もう三年間一人暮らしだから慣れてたはずなんだけどな。やっぱり人がいるって嬉しいよ」
 そうにっこりと笑う白夜を見て胸がドキッとした華恋。
 ――『ドキッ』?
 初めての感覚に胸を抑え首を傾げるが、結局よく分からなかった。

 それから、二人で過ごすことになった華恋と白夜。
 白夜は日中は大学に行くため華恋は一人だ。
 しかし、何をしてもいいと言われているため部屋の掃除と少しずつ簡単な料理を勉強している。
 最初は包丁すら持ったことがなかったのでプルプルと震えながら切る華恋を見て白夜が吹っ飛んできたものだ。最近はだんだん慣れてきて、簡単なカレーや野菜の炒め物は作れるようになった。
 トントンとにんじんを切りながら初めて料理を白夜に振る舞った日を思い出す。
 白夜は華恋の拙い料理を見てそれはそれは褒めて、美味しそうに食べてくれたのがとても嬉しく、もっと料理の練習を頑張りたいと気合が入っているのだ。
 今日はちょっと難しい料理に挑戦してみようかな……と、肉じゃがの準備をしているとカチャリと玄関から音がした。
 華恋は包丁を置いて玄関まで駆け足で向かう。
「白夜様、おかえりなさいませ」
「ただいま、華恋」
 白夜はとても嬉しそうにニコニコと笑うから、華恋も嬉しくなって笑ってしまう。
 航が出迎えを嫌がっていたのですこし躊躇いはあったものの、やっぱり住まわせてもらっているのだから挨拶くらいしたほうがいいよね……と思いやってみると白夜が想像以上に喜んだのだ。
 それから毎日、「おはよう」「おやすみ」「いってらっしゃい」「おかえりなさい」などの挨拶はきちんとするようになった。
 いつも無視されてばかりだった華恋は、白夜が挨拶に応えてくれるのがとても嬉しかった。

 華恋が白夜と共に過ごして早いことに二週間が経過していた。お泊りも折り返しに入ってきたと思うと、どうしてもさみしい。華恋はこのたった二週間が楽しくてしょうがなかった。
 使用人がいたためやったことのなかった料理や洗濯を覚えて、それを白夜がとっても褒めてくれて。
 華恋のちょっとした会話もとても嬉しそうに聞いてくれる。
 
 もっとこの生活を続けたい。
 ――白夜様と、一緒にいたい。
 いつしかそんな叶うはずのない願いが華恋の胸を締めることとなった。