白蛇様の溺愛


 
 客室に入り、一番最初に目に入ったのは美しい『白い髪』だった。
 一瞬ハッと息を呑む。私以外にも、白髪の人が……?
「あの、お客様……」
「っ……華恋!」
 話しかけた途端男性はソファから飛び上がりガバっと華恋に抱きついた。
「華恋! ようやく会えた!」
「え? えぇ!?」
「奥様!?」
 周りにいた使用人達が急いで華恋達を引き剥がそうとするが、男性の力が強くてなかなか離れない。
「あの、苦しいです……」
「す、すまないっ!」
 華恋が男性の胸を叩き苦しげな声を出すと、焦った様子で解放してくれた。それを見て使用人達も安心したように息を吐いた。
 改めて男性の顔を見るが、華恋には見覚えが一切ない。『ようやく会えた』と言っていたし、実際に会ったことはないのだろうか。それなら良いんだけど……。
「あの、お客様。お名前はなんと?」
「あぁ、そう言えば名乗っていなかったな。俺は城崎(しろさき)白夜(びゃくや)、城崎家の長男だ」
「城崎家の!?」
 その名前に、華恋含めこの部屋にいる誰もが驚きを隠せなかった。

 城崎家
 元は華族で、現在も莫大な利益と権力をもつ日本御三家の内の一つだ。
 園田家・御影家も日本有数の名家だが、城崎家はその比にならない。
 
「し、城崎家の御曹司様がわたくしに何の御用でしょうか……?」
 そう、華恋には城崎家との関わりなど一切ない。なので、なぜ自分に城崎家の御曹司が会いに来たのか全くわからないのだ。
「決まっているだろう」
 男性は……白夜は華恋の手を両手で握り、じっと見つめた。
 
「お前を迎えに来たんだよ。せっかく結婚できる年齢まで待ってやったのに、なに勝手に他の男と婚姻を結んでるんだ?華恋」

 周りの使用人達が信じられないような顔で華恋を一斉に見る。
 やめて、そんなに見ないで。私にも何がなんだかよく分かってないんだから……!
 
「お、奥様……婚約者がいらっしゃったのですか!?」
 一人の勇気ある使用人が沈黙を破った。
 この空気中発言するなんて君はすごいね、きっと出世するよ。私が航様に言っておこうか。あ、航様は私に何の興味もないのでしたわ、あはは……。
 なんて一瞬明後日の方に意識をぶっ飛ばしたものの、使用人の言葉にはきちんと反論する。
「いいえ、わたくしが聞いている限りそのような話はなかったはずですが……」
 そもそも、城崎家との婚約話が出たらお父様が黙ってないだろうし、わざわざ蹴ったりもしないだろう。
 ということは、やはりそんな話はないはずなのだ。
 まっすぐな目でそう答えた華恋に白夜はぐっと唇を噛み締めた。
「……華恋、少しだけ二人で話せないか?」
 
 本来であれば、新婚の嫁が異性と部屋で二人きりになるのはよくないことだろう。しかし、使用人達は特に止めたりしない。『奥様の意見を尊重している』と言えば聞こえは良いが、結局は華恋がどうなろうと使用人達にとってはどうでもいいのだ。
 『航様の奥様だから』『御影家に嫁いできたから』華恋のお世話をしているだけで、華恋自身に従っているわけではない。使用人達が忠誠を誓っているのはあくまで『御影家』に対してたのだ。
 白夜の顔を見つめる華恋。そんな華恋をまっすぐ見つめ返す白夜。
 こんなに真剣に私の目を見てくれるのは、初めてかもしれない……。
 いつも、この髪のせいで呪われると言われみんな目をそらすのだ。
 単純に、目を見つめてもらえたのが嬉しかった。
 話してみたいと思った。

「……少し、なら」
「本当かっ!?」
「はい。……すみません、少し出てもらえますか?」
 華恋が使用人達に部屋から出るよう伝えると、彼らは黙って従った。
「近くで待機していますので、何かあればそこのベルをお鳴らしください」
 メイドの一人が指差した方を見ると、小さなベルが置いていた。
「わかりました、ありがとうございます」
 使用人達は扉の前で一礼するとみな部屋を出ていった。
 
 客室には華恋と白夜二人きりになった。
 しんと静まり返る客室になんだか少し気まずくなって、部屋を出る前に使用人が淹れてくれたお茶を飲む華恋。そんな様子でさえ白夜は真剣に、でもどこか優しく眼差しで見ていた。
 どうしてそんなに優しい顔をするの?会ったこともないのに。
 カップを置くと、白夜がとろけるような笑みで
「華恋、久しぶりだな」
 と言った。
 ――会ったこと、あったっけ……?
 華恋は頭が真っ白になった。こんなに美しい人なら……いや、『白い髪の人』に会ったことあるなら、華恋は必ず覚えているはずだ。
 そもそも、華恋が会ったことある人といえば両親・誠・航・御影家の義両親・園田家の使用人・御影家の使用人くらいだ。華恋がただ覚えてないだけではない、はず。
 誰かと間違えているのかな? いや、きっとそうだ。そうに違いない。早く白夜様にお教えしないと。
「あの、えっと……誰かと間違えていませんか?」
「いや間違えてるはずはない。お前は『かこ』だろう?」
「私の名前は確かに『かこ』ですが……」
「なら合ってる。俺はお前をずっと探していたんだ」
 白夜は華恋の左手を握ると、急に指輪を外しだした。
「あっ!」
「これ、まだ残ってたんだな……」
 白夜は華恋の左手薬指に残る傷跡をすりすりと撫でる。
「華恋」
「はい……」
「『これ』、俺がやったって言ったら信じてくれるか?」
「……はい?」
 いやいやいや、それはないだろう。どう見ても人間が付けた傷跡ではないし、そもそも華恋は小さい頃この傷ができた瞬間を見ている。断言できる、白夜ではない。
「いや、これは……小さい頃蛇に噛まれた時のものなので」
「その蛇が俺だって言ったら、信じてくれるか?」
「……………………はい?」
 思わず白い目で見てしまったのは許してほしい。急に何を言い出すんだこの人は。
 実は変な人……なのかな?
「えっと、なんと言えばいいのか……。白夜様は人間……ですよね?」
「あぁ、人間だ」
「蛇ではありませんよね……?」
「それが、蛇でもあるんだ」
 ――ん?
 思わず首を傾げてしまう華恋。
 蛇? 白夜様が? そんなわけないだろう。どこをどう見ても白夜様は人間だ。
「白夜様は冗談がお上手ですね」
「いいや、冗談じゃないんだよ。俺は華恋が昔拾った蛇で、看病してもらって今ここにいる」
 白夜のその言葉に思わず動きを止める。華恋は『蛇に噛まれた』とは言っても、『看病した』とまでは言っていない。
 ――どうして、それを……?
 困惑で目をぱちくりとさせている見て華恋を白夜はふはっ! と吹き出した。
「信じられないか? それじゃあ一つ語ってやろう。昔華恋が寝ぼけていた時、歯磨き粉と間違えて洗顔をつけたせいで――」
「うわぁぁぁぁ! どうしてそのことを!?」
 そう、確か蛇と過ごして2週間が経った頃、華恋は寝ぼけていたせいで間違えて洗顔料で歯を磨いたことがあるのだ。あまりの不味さに眠気は吹き飛び、急いで吐き出して水でゆすいだもののしばらくは後味が残ってしまい、昼ごはんがそれはそれは不味かったのだ。
 どうしてそれを、白夜様が知っているの!?
「あの時の華恋の顔は傑作だったなぁ! 後にも先にもあんな変な顔をした華恋は見たことがない!」
「や、やめてください……!」
 恥ずかしくて耳まで真っ赤になっている華恋を見て、ケラケラと笑う白夜。
「さて、これで信じてくれた?」
 そう聞かれ、そっと視線を落とす華恋。
 確かにこの話を知っているのは華恋と、一緒にいた蛇くらいだろう。しかし、それでもだ。目の前にいるこの人があの時の蛇だということを信じることができない。どうやって人が蛇になるというのだ。
「……じゃあ、白夜様はどうやって蛇になったんですか?」
「ん、その質問を待ってたんだ」
 白夜は語ってくれた。
 城崎家のとある『秘密』を。

**
 千年以上前、世界中で謎の病が流行った。
 感染するとどんなに健康だった人でも一週間でなくなってしまったという。
 人口の三分の一が亡くなった原因不明の大病だった。
 
 そんな中、日本の今の東京に当たる地に三人の神々が舞い降りた。
 『青龍(せいりゅう)』『金狐(きんぎつね)』『白蛇(しろへび)』だ。
 その三神はまたたく間に空気を浄化し、感染していた人々を癒した。
 世界を救った神々として今でも多くの国で祀られている。
 
「――と、ここまでは知っているな?」
「はい、有名な『三神物語』ですよね?」
 三神物語と言われるこれはとても有名な話であり、桃太郎と並ぶ誰もが知っている童話だ。
「でもなぜ急に三神物語を?」
「……実はな、この話には裏があるんだ」
「裏?」
「あぁ……」

 実は、世界を救ったと言われる三神は本物の神ではなかった。詳しくは、『三神を身に宿した神主・巫女』だったのだ。
 その頃、日本には青龍を祀っていた「蒼宮(あおみや)神社」・金狐を祀っていた「金城(かねしろ)神社」・白蛇を祀っていた「城崎(しろさき)神社」が存在した。
 この三家は病が流行ってからずっと神々に祈りを捧げていた。毎晩毎晩祈りの舞を捧げ、日中も御神体の前で手を合わせ続けた。
 するとある日、神々から神託が下ったのだ。
 『大病を鎮めたいのなら、その身を神に差し出しなさい』と。
 神託が下った三家はすぐさま連絡を取り合い話し合いをした。三家の意見は一緒だった。
 
「我々の体で大病が治まるのなら、この身を神に捧げましょう!」

 三家はみな家で祀っていたそれぞれの神を体に宿し、浄化を行った。

「これが、三神物語の真実だ」
「…………」
「そして、世界を救った三家はこの実績により貴族に昇格させられた。その後貴族制度が廃止されたあとも華族として活躍し、今でも日本で絶大な権力を持つ。……それが、今の『御三家』だ」
「御三家……」
「『蒼宮家』『金城寺(きんじょうじ)家』『城崎家』。御三家と呼ばれるこの三つの家は、今でも神の力を引き継いでいる」
「え!? ……ということは」
「あぁ、俺の家である城崎家は今でも代々白蛇の力を受け継いでいる。その影響でこんな髪色なんだ」
 そう言って白夜は自分の髪の毛を指先でくるくると巻く。白蛇の神力の影響で城崎家の子供はどの子も白い髪で生まれてくるそうだ。

「六歳のあの日、俺は神界で力を操る練習をしていたんだ」
「神界……?」
「神々の住む世界だ、まぁそれは置いといて……。小さい頃はこの姿よりも白蛇の体を借りた神体のほうが力を操りやすかったんだ。あの日もいつものように神界で白蛇の神体になり、力を操る練習をしていた。しかし、途中で力が暴走しだして蛇の姿のまま人間の世界に落ちたんだ」
「それで怪我をしていた……と?」
「そうだ。落ちる途中で木に引っかかってな、ぱっくり切れてしまった。力尽きてもう駄目だと思った時に……。華恋、君が拾って看病してくれたんだ」
 さっきから白夜が語る話は、確かに華恋の記憶と重なるのだ。自分と蛇しか知らないはずの思い出を次から次に出され、華恋は少し困惑していた。
「本当に、あの時の蛇さんなんですか……?」
「あぁ」
「神様だったの?」
「んー、正確には『神様の力が使える人間』だな」
 未だに実感が沸かない。そもそも、神界や神様の力を使えることすら信じられない。
 しかし、白夜が思い出を話す度に『この人はあの時の蛇さんだ』と直感で感じる。
 そこでふと、白夜様は結局何をしに来たのだろうと改めて疑問に思った。ただ再会して、思い出話をしに来ただけなのだろうか……?
「あの、白夜様は思い出話をしに来られた……という解釈でよろしいのでしょうか?」
「あ〜いや、正確には少し違うな」
 今までにこやかだった白夜が真剣な表情になる。
 手を前で組み、グレーの瞳が華恋を貫くような視線で見つめる。
 
「華恋、今、幸せか?」
「………………えっ?」

 『幸せ』?
 きっと、世間一般から見たら幸せの部類に入ると思っている。この髪のせいで忌み子として扱われいるものの、家は安定しているし、日本有数の名家に嫁いだ。そこだけ見れば、華恋は多くの人から羨まれる人生を歩んでいるだろう。自分で稼がなくても何事もなく過ごせる環境で生きているのだ。
「幸せ……だと思います」
「本当か? 俺の知る華恋はもっと明るく笑うし、もっと楽しそうに生きていたぞ?」
 ……そう、なのだろうか。蛇さんの……白夜様の目にはそう見えていたのだろうか。
 たしかに、あの一ヶ月はとても楽しかった。人生で一番世界がキラキラとカラフルに彩られていた。
 何も言えなくなった華恋に白夜は続ける。
「華恋。……俺と、一緒に住まないか?」
「えっ?」
 白夜の顔を見ればそれが本気だとすぐに分かった。
「いや、あの……でも……」
「わかっている。お前が今結婚していることも、この願いが許されないことも……。だが、どうしても諦めきれないんだ」
 白夜の真剣な眼差しを見て、真っ直ぐな言葉を聞いて、華恋の心は歓喜に震えた。初めて、自分を本当の意味で求めてもらえた気がしたのだ。
「私、白夜様と過ごしてみたいです」
 ――この人と、もっと話してみたい。
 そう思うと口からポロリと言葉が出ていたのだ。自分でも驚いたが、これが自分の本音なのだと自覚した。少しくらいなら、いいよね……?
 白夜は承諾されると思っていなかったのか、驚いた様子で目を見開いていた。
「……いいのか?」
「えっと、航様……旦那に一度話すので、少し後になるんですが……」
「それでも良い! ありがとう華恋!」
 白夜は喜びのあまり華恋を抱きしめた。本日二度目のハグだ。
 一度目は驚きのあまり頭が真っ白で何も考えられなかったのだが、よくよく考えれば初めて人にハグされている。衝撃の事実に気がついてしまい、驚きと緊張で固まる華恋。
 こういう時、どうすればいいんだろう? 抱きしめ返す? え、良いのかな……?
 色々考えていると、白夜が華恋から離れた。すると、鞄からメモとペンを取り出し何かをサラサラと書いていく。書き終わったと思えば、それを華恋に渡した。
「俺の電話番号だ。また連絡してきてくれ」
「っ……はい!」

 ここで話は一旦終わり、白夜は御影邸を去っていった。

**
 今日航様が帰ってきたらきちんと話そう。
 華恋は初めて航の帰りを心待ちにしていた。何度も何度ももらったメモを見て夢じゃないと実感させられる。自分がこんな事で嬉しくなんなんて、知らなかった。

 待つこと数時間、ようやく航が帰ってきたようだ。
 すぐに行きたい気持ちを抑え、華恋はもう少し待機する。航は華恋が出迎えるのを嫌がるし、すぐに部屋に行っても着替えてる可能性があるからだ。
 玄関の扉が開いて数十分後、そろそろいいかと思い航の部屋に向かう。
「航様、華恋です」
 ノックをして声をかけたが返事はない。
「……開けますね」
 失礼しますと言って中に入ると、航はきちんと部屋にいた。黒で揃えられたシックな部屋の奥に、椅子に座って作業していたのだ。
「作業中申し訳ございません」
「要件は?」
 航はこちらをチラリとも見ずに話す。
 とりあえず聞いてくれるだけマシかと思い、外出の許可をお願いする。
「少し、外でお泊りをしてきたいのですが……」
「あぁ」
「良いでしょうか?」
「あぁ」
「ありがとうございます」
 抑揚もない言葉に、航が華恋の話を一切聞いていないことは分かっていた。しかし、許可さえ下りればいいのだ。航の気が変わらないうちにそっと部屋を出た。