【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜

新年の宮中は、白と金で塗りつぶされたようだった。
磨き込まれた黒檀の床に雪明かりが反射し、淡く、荘厳に揺れる。
高い天井には松竹梅の意匠。
柱の間には、まだ寒気を残す庭から運び込まれた見事な生け花が据えられ、凛とした香りが広間の空気を引き締めていた。

広間を埋め尽くすのは、『華族』、軍人、政府高官たち。
肩書きと家格に応じて立ち位置が細かく決められた空間で、誰もが型通りの言葉を繰り返す。
祝いの席のはずなのに、どこか乾いた、空虚な響きがする。

——五条家嫡男、五条暁臣殿下。

呼び上げられた名に、静かに一歩進み出す。
『五条家』の華紋を金糸で織り込んだ礼装の裾が、わずかに揺れる。
胸もとには皇族の証である小さな章。
周囲の視線が、重力を伴って一斉に収束するのを、もう何度も受け止めてきた。

所作は、ほとんど身体が勝手にこなす。
深く頭を垂れ、決められた祝詞を淀みなく述べ、下がる。
背筋の角度、足運び、呼吸の間。完璧であるほど、心は遠くなる。

——儀礼は、いつもと同じだ。
だが胸の内に引っかかる、熱を持つものだけが、去年と決定的に違っていた。

……すみれは。
熱はぶり返してなどいないだろうか。
咳は。息は。夜、うなされてはいないか。

ふと、昨夜、枕もとで見下ろした安らかな寝顔が脳裏をかすめる。
雪の夜に抱き上げたときは骨ばかりだった手足も、ここ数日で、わずかに血の通った柔らかな色を取り戻しつつある。
あの薄い肩に、少しでも温もりが宿るたび、胸の奥の固いものがほどけていくのが、自分でもわかった。

——すみれ。

蔵の冷気に晒され続けてきたとは思えぬ、柔らかな頬。
そして、虹彩色を帯びた紫陽花のような瞳。
あれが『無華』の印だというのなら、この国は、なぜそれを忌む。
あの瞳を恐れる者たちは、きっと本当には見たことがないのだ。
ただ『華』を持たないだけの、同じ人間であるのに。

列が動き、賀詞交換の場へ移った。
杯が回り、定型句のような『本年もよろしく』が飛び交う。
握手の手が差し出され、それを受け、流し、また受ける。
笑みは作れる。言葉も返せる。
けれど意識の底はずっと、暖かな部屋の、あの小さな寝息の方へ引かれていた。

そのとき、側近の榊原がわずかに身を寄せ、耳もとで囁いた。