【書籍化】無華の花嫁〜蔵に囚われた少女は、黒薔薇の殿下に溺愛される〜

「心配するな。朝霞家には許可を取ってある。安心して休むといい」
「本当……ですか?」
「……ああ」

その一言に、身体の芯から張り詰めていた緊張が、すうっと抜け落ちていくのがわかった。
肩が落ち、息が深くなる。
——この人は、私を責めないのかもしれない。
そんな考えが、初めて胸の中に灯る。

「名を、聞いてもいいか?」
「……そんな、名乗れるような名前では……」
「それを決めるのは、俺だ」

名乗る——。
それが、こんなにも難しいことだったなんて。
誰も呼んでくれないから、存在してもしなくても同じだと思っていたのに。
口に出すだけで、胸が痛む。

「……すみれ、と申します」
「すみれ。よい名だ」

自分の名前が、誰かの口から、普通に——しかも肯定とともに呼ばれる。
それだけのことなのに、胸の奥が熱くなる。
痛いのではない。温かい。
知らなかった種類の熱に思えた。

「俺の名は暁臣(あきおみ)。五条暁臣だ」
「……五条様……」
「……まあ、今はそれでいい」

柔らかな声とともに、布団を丁寧に掛け直される。
その仕草が、当たり前のように優しくて、胸がまた勝手にきゅっとなる。

撫でられる髪の感触に、まぶたが重くなる。
怖いのに、守られているようで、安心してしまう、不思議な感覚。
けれど、抗う力はもう残っていなかった。

そうして私はまた、生まれて初めて感じるような、深く柔らかな眠りへ沈んでいった。