賢しい妖狐は春を愛する

(由良さん、とても正義感が強いんだけど、人の目に無頓着なんだよね)

 由良さんは、本人曰く、神童と呼ばれるほど勉強が出来たので、良家の養子となって、帝都の学校に通っていたらしい。
 三カ月前、行商をしていた実父の幸三さんが腰を痛めてしまい、急遽、休みを取って、この片田舎に戻って来たそうだ。
 元々、ここに食材を届けてくれていたのは、幸三さんだった。
 だから、由良さんの怪しげな風体はともかく、身につけている洋風の外套も、都で流行している最高級品なのだ。
 
(これぞ、新しい時代の影響というやつ?)

 謎の口説き文句も、帝都では男女間でよく使う冗談なのだろう。

「さあ、由良さん。立ち話していると、風邪ひきますし、私はこの食材で料理を作らないといけないので」

 再びちらつき始めた雪の礫を仰ぎながら、私はよいしょと気合を入れて、竹籠を背負った。

「失礼しました。小春さんの身体のことを考えていませんでしたね。俺、つい……」
「いいんですよ。私が望んで、由良さんと話していたんですから。またお願いしますね」
「はい、また、たくさん仕入れてきますからね」

 由良さんは帽子を押さえながら、私に対して深々と頭を下げると、くるりと方向転換して、雪の残る山道を下り始めた。
 ――しかし。
 そんな彼の寒そうな足元を見て、私は絶句してしまった。

(待って。何で、この寒くて足場が悪い中に、素足に下駄なの。一体、何の修行?)

 いくら上半身を最先端の外套で温かくしていても、足元が素足だなんて、ありえない。
 すぐに、体調を崩してしまうだろう。

「ま、待って! 由良さん」

 私は見兼ねて、懐から大切に隠し持っていた宝物を取り出した。
 橙色の薄い皮に、ちょこっとだけ砂糖をまぶした、私専用のお菓子。

(これも人助けだよ。小春)

 名残惜しさを断ち切って、私は由良さんに手渡した。

「よろしかったら、お一つ、どうでしょう? 私が作ったお菓子です」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん。よくなければ、勧めませんよ」
「凄い。小春さんのお手製菓子を、口にできる日が来るなんて」
「いいから、早く食べちゃってください」

 瞳を輝かせて、拝み始めてしまった由良さんには悪いが、誰かに見られるわけにはいかないのだ。
 由良さんは、私の意図を察したのか、豪快に一口で食べきってしまった。

「ん、おいしい!!」
「でしょう!」

 私は胸を反らして、得意げに笑う。
 美味しさを、共有できるのは幸せなことだ。

「これって、小春さん、もしかして?」
「へへっ。お察しのとおり、これ、蜜柑の皮なんです。捨てて燃やしてしまうのはもったいなくて、こっそり貰って、綺麗に洗ってから、七日ほど干したものに、ちょこっと拝借した砂糖をまぶしてみたんです。祖母ちゃんが教えてくれたんですよ」
「へえ……。毎回、思うんですけど、君のお祖母様は凄い人ですよね。これが蜜柑の皮だなんて」

 目を丸くしながらも、由良はもぐもぐと咀嚼している。

(蜜柑の皮だと知って、ドン引きしていないよね……)

 表情が分からない彼の内面は読めないけど、食べっぷりもいいし、きっと気に入ってくれたのだろう。

 ――人生、楽しめた者勝ちなんだよ。

 祖母ちゃんの口癖が脳裏をよぎる。

「はい、そうなんです。祖母ちゃんは、私にとって世界一凄い人なんです」

 私を生んですぐ死んでしまった母と、飲んだくれて働かない父。
 絶望的な家庭環境の中でも、祖母ちゃんがいたから、私はここまで生きることができた。

(私にとって、最愛の人)

 ……だから、私は結納金をたんまり手に入れて、祖母ちゃんの薬代を作ってあげたかったのだ。