賢しい妖狐は春を愛する

「感動です。由良さん。ふきのとうに、あ、これ、セリじゃないですか! 美味しそう。どうやって食べようか考えるだけで、幸せです」
「別に、俺はそこら辺にあるものを摘んできただけですから。お役に立てたのなら、嬉しいですよ」

 ふにゃっと、由良さんの口元が綻ぶのが分かった。

 (良い人だな)

 ――問題は、これからなのだけど……。

「でもね、小春さん」

 ほら、きた。

「山菜は栄養価が高いとは言いますけど、君にはもう少し、ご飯を食べてもらいたいです。しっかり、栄養をつけないと、倒れてしまうでしょう?」

 また、お小言時間が始まってしまった。

「まあ、ひょろっこがぽきっと倒れるのも、なかなか面白そうなことで」
「笑えませんって」
「しかし、由良さん。私、名前が小さい春で小春なのに、図体が男並みに大きいという、面白い矛盾をこの身に発生させているんですよ」
「それ、面白くないんで……」

 一蹴されてしまった。

(酷いな。体を張って笑いを取りに行ったのに……)
 
「まったく、祓戸の当主も何を考えているのやら? 跡取りが欲しいのなら、強引に連れてきた女性たちを、もっと労わるべきでしょう。大体、いまどき一夫多妻なんて、ここは大奥かって話ですよ」
「一応、戸籍上は跡取りを最初に生んだ正妻以外「養女」って話になるみたいですけど……」
「最低」
「由良さーん」

 毎度、困ったものだ。
 由良さんは、時代錯誤のやり方をしている祓戸家を毛嫌いしているのだ。
 話していると、いつも悪口大会を繰り広げてしまう。
 頭が痛いのは、私の方だった。

(こんなこと話しているのが、バレたら大変なことになるよ)

 大切な食材提供者の由良さんが来なくなってしまったら、困窮するのは私たちだ。

「こんなところ、長くいたら、君まで変になってしまいますよ。いっそ、逃げたらどうです?」
「そんな簡単に言わないでくださいよ」
「俺のところなんかどうです? 歓迎しますよ」
「は?」

(……まただ)

 これも、しつこく繰り返しているやりとりだった。
 由良さんは仕事は真面目なのに、毎回、謎の口説き文句を吐いていくのだ。
 彼が本気でないことくらい、鈍感な私にだってちゃんと分かっている。
 この辺りで暮らしている人間が、祓戸家の権力を知らないはずがないのだ。

(大体、本気なら、顔くらいちゃんと見せるでしょ)

「もう、それこそ、由良さん、笑えないんですけど」
「何だ。今日も駄目ですか」
「一応、私、人妻なんで」
「人妻って、いったってね」

 由良さんの嘲笑が耳に痛い。
 少しだけ顔を上げた彼の視線は、旦那様の暮らしている母屋の方を向いていた。
 戦国の山城のような造りをしている、物々しいお屋敷。
 その昔、妖怪と戦いを繰り広げた祓戸家は、護りを固めるために、この屋敷の増改築を繰り返したらしい。

「これじゃあ、まるで、牢獄でしょう。こんなところの花嫁といったって、これじゃあ、完全に女中……」
「はいはい。貴方のお気持ちは、よーく、分かりましたからって」

 いいから、黙れ。
 周囲を意識しながら、私は話題を逸らすことに、全力を傾けていた。