賢しい妖狐は春を愛する


「ひょろっこ! 食材、届いたみたいだから、貰ってきてちょうだい」
「はーい」

 ――ひょろっこ。
 ひょろりと背が高いだけで、色気の欠片もない私に先輩妻が名付けてくれた痛ましい愛称だ。
 一応、私という存在を認識されているだけマシなので、抗わないようにする。
 私は三角巾を取ってから、のそのそと勝手口に向かった。
 煮炊きしているので、屋内は温かいけど、外は極寒だ。
 一張羅の薄っぺらい着物では、体の震えを止めることは出来なかった。

(今日も冷えるな。仕事とはいえ、こんなに寒い中、あの人も大変だ)

 炊事場には、私を含めて十人近くいたけれど、彼の異様な格好を嫌って、誰も応じようとはしないのが常だった。

「おはよう。小春さん」

 青年の吐く、白い息が氷のような世界に溶けた。
 襟足に届いた灰色の髪が、身を切るような寒風に揺れている。
 食材をずっしり詰めこんだ背負い籠を、細い身体で飄然と背負っていて、この辺りでは、見かけない黒い特殊な外套(とんび)と、重そうな山高帽子を目深にかぶっていた。
 表情は見えにくいが、今日も頭上の澄みきった青空のように、爽やかな雰囲気があった。
 
「おはようございます。由良(ゆら)さん。今日も寒い中、貴重な食材をありがとうございます」
「お気になさらず。俺も商いで、こちらに伺っているだけですから」

 祓戸家に食材を届けてくれる相川 由良(ゆら)さんは、この荒みきった屋敷にあって、私にとって神のごとく清廉な人だった。
 ぺこりと私が頭を下げると、私よりも深くお辞儀を返してくるので、頭の下げ合いになってしまう。

(可愛い人だ)

 年上だと聞いていたが、私がそんなふうに感じてしまうのは、やはり彼の顔が半分くらい、見えていないせいだ。

「この雪で、用意できる食材ら限られていますけど、小春さんの好きな山菜はたくさん入手しましたよ」
「うわあ、助かります。こちらは大所帯なので……。ちゃんと食べてないと人間、駄目になりますからね。とりあえず、朝晩の二食提供だけは死守しないと」

 すでに、家全体の空気がおかしいのだ。

(空腹で、更に凶暴さに磨きがかからないようにしなくちゃ)

 由良さんが見繕ってくれた籠の中身を、私は慎重に吟味していた。
 大きな芋と、白米、そして、正月で余ったらしいオマケの餅。

(でも、これは、旦那様たちが食べるものなのだから)

 旦那様と屋敷に同居中の祓戸一族、そして一部の妻たちの食事は、豪勢に作らなければならない。
 もしも、質素なもの出した日には、血の雨が降るだろう。
 だから、他にも仕入れ先は確保しているし、悪天候に脅かされないよう、保存食もずらりと用意している。 
 問題は、私のような旦那様の顔すら見たことがない妻たちの食事だった。
 全員の食費を賄えるほど、潤沢なお金は支給されていないのだ。
 節約料理をするには、この辺りに自生している山菜の知識は不可欠なわけで……。

 ――そういうことで、その手のことに少しだけ詳しい私が、由良さん対応を買って出ているのだ。