◆
――どうして、こんなことになってしまったのだろう?
私の頭の中は、弾けそうなほど、疑問だらけだ。
それなのに、待ったなしで、流れ作業のように、旦那様の部屋に向かうための準備が始められてしまった。
身綺麗にしろという実巳様の言葉を、真に受けた女中……ではなく、他の妻が私の通年利用している着物をひっべらかして、風呂に入れ、身体を磨き、化粧を施してから、何処からか調達してきた花柄の小袖を着付けていった。
いつも、私を蔑んだ目で見ている方たちの無言の圧が怖い。
だけど、衆人環視の真っただ中、逃げることは不可能だった。
「身綺麗にってことだから、とりあえず、こんな形でいいかしら?」
「どんなに着飾っても、意味はないと思うけど。まあ、旦那様の命令だからね」
「旦那様は、男のような体格の女をめちゃくちゃにするのが好きなのかしらね?」
こそこそと、わざと私に聞こえるように、言い合っている。
(やっぱり、私……殺される流れ?)
実巳様は、特に妻に対して、乱暴で我儘な人らしい。
(そんな前情報いらなかったよ。一体、何されるの? こんな形で、人生を終えるなんて……)
「祖母ちゃん」
嫁いできてから、一度も会っていない。
(足が悪いのに、頑張って農作業をしようとして、転んだりしてないかな? 嘘吐きの親父に、騙されて、なけなしのお金を渡してはないかな?)
少なくとも、一年分の薬代は用意できたから、今も生きて暮らしているとは思うけれど……。
それでも、一目会いたい。
(こんなことなら、申し訳ないけれど、由良さんに祖母ちゃんのことを頼んでおけば良かった)
人目を気にして避けていたって、どうせ、こんなことになるのだ。
私は胸元に仕舞いこんだ簪を、着物越しにぎゅっと握りしめた。
もっと、由良さんとお喋りをしておけば良かった。
帽子をとった素顔を、間近で見てみたかったのに……。
私、何一つ由良さんのことを知らないままだった。
「ほら、行きな」
「旦那様は短気なの。貴方がモタモタしていると、こっちにまで、とばっちりがくるのよ」
「は、はい。急ぎます」
背中をどんと押されて、支度部屋から追い出された私の前には、おかっぱ頭の女性が待っていた。
炊事場を仕切っている年長妻の多恵さんだ。
さすがに、神妙な面持ちをしている。
私よりも痩せ型で華奢な多恵さんが、行燈の灯を掲げて怖い顔をしていると、まるで死出の案内人のようだった。
「来て。案内するから」
「はい」
薄暗い渡り廊下を、二人して歩き始める。
「貴方が雅さんの金を持ち逃げしたなんて、誰も思っちゃいないけど、こうとなっては腹を括るんだね。せめて、生きて帰れるように……」
「生きるか死ぬかの問題というところが、何とも……」
「健闘を祈っているよ」
祈ってもらうようでは、もう駄目かもしれない。
私は刑場に送りだされる罪人の気持ちで、多恵さんの背中を追った。
――と、その時だった。
ごとっと、何か重いものが落下したような、不思議な音がした。
「あれ? 今。何か聞こえませんでしたか?」
「……ああ、そういえば」
しばらくの沈黙の後、多恵さんも小さく頷いた。
「旦那様の部屋の方で、何か起きているみたいね」
「一体、何が?」
こんなことは、初めてだった。
よほど大きな音だったのだろう。
わらわらと、屋敷中の人が渡り廊下に出てくる。
――そうして。
「うわぁぁ!」
「逃げろっ!!」
「殺される! 皆殺しにされるぞ!」
地面が揺れんばかりの絶叫を轟かせて、実巳様の従者の方々が逃げ出してきたのだった。
――どうして、こんなことになってしまったのだろう?
私の頭の中は、弾けそうなほど、疑問だらけだ。
それなのに、待ったなしで、流れ作業のように、旦那様の部屋に向かうための準備が始められてしまった。
身綺麗にしろという実巳様の言葉を、真に受けた女中……ではなく、他の妻が私の通年利用している着物をひっべらかして、風呂に入れ、身体を磨き、化粧を施してから、何処からか調達してきた花柄の小袖を着付けていった。
いつも、私を蔑んだ目で見ている方たちの無言の圧が怖い。
だけど、衆人環視の真っただ中、逃げることは不可能だった。
「身綺麗にってことだから、とりあえず、こんな形でいいかしら?」
「どんなに着飾っても、意味はないと思うけど。まあ、旦那様の命令だからね」
「旦那様は、男のような体格の女をめちゃくちゃにするのが好きなのかしらね?」
こそこそと、わざと私に聞こえるように、言い合っている。
(やっぱり、私……殺される流れ?)
実巳様は、特に妻に対して、乱暴で我儘な人らしい。
(そんな前情報いらなかったよ。一体、何されるの? こんな形で、人生を終えるなんて……)
「祖母ちゃん」
嫁いできてから、一度も会っていない。
(足が悪いのに、頑張って農作業をしようとして、転んだりしてないかな? 嘘吐きの親父に、騙されて、なけなしのお金を渡してはないかな?)
少なくとも、一年分の薬代は用意できたから、今も生きて暮らしているとは思うけれど……。
それでも、一目会いたい。
(こんなことなら、申し訳ないけれど、由良さんに祖母ちゃんのことを頼んでおけば良かった)
人目を気にして避けていたって、どうせ、こんなことになるのだ。
私は胸元に仕舞いこんだ簪を、着物越しにぎゅっと握りしめた。
もっと、由良さんとお喋りをしておけば良かった。
帽子をとった素顔を、間近で見てみたかったのに……。
私、何一つ由良さんのことを知らないままだった。
「ほら、行きな」
「旦那様は短気なの。貴方がモタモタしていると、こっちにまで、とばっちりがくるのよ」
「は、はい。急ぎます」
背中をどんと押されて、支度部屋から追い出された私の前には、おかっぱ頭の女性が待っていた。
炊事場を仕切っている年長妻の多恵さんだ。
さすがに、神妙な面持ちをしている。
私よりも痩せ型で華奢な多恵さんが、行燈の灯を掲げて怖い顔をしていると、まるで死出の案内人のようだった。
「来て。案内するから」
「はい」
薄暗い渡り廊下を、二人して歩き始める。
「貴方が雅さんの金を持ち逃げしたなんて、誰も思っちゃいないけど、こうとなっては腹を括るんだね。せめて、生きて帰れるように……」
「生きるか死ぬかの問題というところが、何とも……」
「健闘を祈っているよ」
祈ってもらうようでは、もう駄目かもしれない。
私は刑場に送りだされる罪人の気持ちで、多恵さんの背中を追った。
――と、その時だった。
ごとっと、何か重いものが落下したような、不思議な音がした。
「あれ? 今。何か聞こえませんでしたか?」
「……ああ、そういえば」
しばらくの沈黙の後、多恵さんも小さく頷いた。
「旦那様の部屋の方で、何か起きているみたいね」
「一体、何が?」
こんなことは、初めてだった。
よほど大きな音だったのだろう。
わらわらと、屋敷中の人が渡り廊下に出てくる。
――そうして。
「うわぁぁ!」
「逃げろっ!!」
「殺される! 皆殺しにされるぞ!」
地面が揺れんばかりの絶叫を轟かせて、実巳様の従者の方々が逃げ出してきたのだった。



