賢しい妖狐は春を愛する

(最低)

 食べ物を粗末にするなんて……。
 しかも、庶民がなかなか味わうことができない卵。

(許せない)

 でも、それを思い知らせてやりたくても、私には何の力もないのだ。

「懐に入っているものを出せ」
「……う」

 怒りで、泣きそうになるという貴重な経験を味わいながら、私は嫌々、懐に入れていた金杯と由良さんから貰った簪を取り出して、並べて置いた。

「あっ! それは私が嫁入りの時に実家から持たされた金杯じゃないの。貴方、盗んでお金に換えようとしたの?」

 まるで、台本のように取ってつけたような台詞を、雅さんは流れるように言った。
 絶望感はない。むしろ、想定内だった。

(私、殺されるのかな? この家から追い出された妻の話は聞いたことがないし。病死した妻っていうのはいるらしいから、殺されても、病死扱いになるのかも。どうせ、死ぬのなら、あの割れた卵をどうにか調理して、食べたかった)

 ぼうっと、自分の世界で物思いに耽っている私の顎を、実巳様は乱暴に掴んで上に向かせた。

「おい」

 聞きたくもないけど、聞こえてしまう。
 血走った目が、簪と私、交互に見比べていた。

「この簪は、何だ?」
「それ……は」

 言えるはずがない。
 白状したら、由良さんにまで被害が及んでしまう。
 私は必死に口を噤んだ。

(殺されても、言わない)

 由良さんは、前途洋々な若者だ。
 ここで、祓戸家に目をつけられてしまったら、彼の未来に傷がついてしまう。

「僕の命令がきけないのか?」

 拳を高く振り上げた実巳様は、そのまま、私を殴ろうとしたのだろう。
 ……が。
 長い沈黙の後、だらりと腕を下ろして、舌打ちをした。

「くそっ」

 捨て台詞には、なぜか焦燥感がこもっていた。

「お前!」
「……はい」

 とうとう、死刑宣告か……。
 申し開きなんて聞いてもくれないだろうし、そうなることが雅さんの狙いなのだろうし……。
 元々、身分を偽って嫁入りした私が悪いのだから、仕方ないのだ。

(仕方ない……んだよね)

 ……しかし。
 皆が固唾を飲んで見守っている中、実巳様は誰もが予想だにしなかった一言を繰り出してきたのだった。

「お前、穢れを祓って身綺麗にしたら、僕の部屋に来い」
「え?」

 さっぱり、意味が分からなかった。