賢しい妖狐は春を愛する


(困ったな)

 ――お昼前。
 私は、押しつけられた裏庭の掃除を一人でこなしていた。
 由良さんから「菓子のお礼」と頂いた(かんざし)は、懐に突っ込んだままだ。
 誰かの目がある手前、家事の合間に鑑賞するつもりはなかったけど、漆塗りに螺鈿の細工が施された贅沢なもので、まるでお姫様の持ち物みたいだった。
 私にはどうしたって、分不相応な代物だ。

(……やられた)

 完全に押し切られた格好だった。
 私は「いらぬ誤解を生むから、受け取ることはできない」……と、突っぱねたのに。

『大丈夫ですよ』

 由良さんは、そればかりを繰り返した。

『気に入らないのでしたら、出入りの他の行商人にでも売りつけてください』

 こんな危険物、売れるはずもないでしょうに……。

「はあ……」

 どうも、由良さんと接していると調子が狂う。

『絶対、貴方のことが好きなんでしょう』
 
 雅さんの言葉が、生々しく脳裏によみがえって嫌だった。

(有り得ないって)

 私は勝手に高鳴る心臓の音を打ち消すべく、猛然と箒で塵を掃きだしていた。

 ――が、その時だった。

「ひょろっこ」
「はい?」

 ――誰?
 振り返ると、今まさに、脳内で不穏な発言をしていた雅さんが立っていた。
 
「あっ! お久しぶりです。雅さん。お忙しいのではないですか?」

 私はたすき掛けを解きながら、雅さんのもとに走った。
 お目通りが叶った雅さんは、また一段と派手になったようだった。
 真っ赤な小袖に、同色の厚手の羽織りを肩に引っ掛けている。

「そうなの。私、忙しいのよ。皆様から期待されてしまって」
「そうですか」

 そんな忙しい時に、わざわざ、私に声を掛けてくれるなんて、ありがたいことだ。
 それに……。

(妻のお仕事の方も、順調そうで良かった)

「雅さんとお話できて嬉しいです。仕事中なので、また時間ができたら、お話を……」
「ああ、掃き掃除ね」
「そうなんです。なかなか終わらなくて」

 おそらく、裏庭だけで、私の実家付近の田んぼがすっぽり収まるような広さだ。
 本気で頑張っても、一人では半日近くかかってしまう。

(まあ、でも、掃いていれば、いずれは終わるわけだし。一人の方が気楽かな……)

 ――などと。
 私は暢気にしていたのだが……。

「掃除はいいわ。私、貴方に頼みがあって、わざわざ会いに来たの」
「私に……ですか?」
「そう。じゃなきゃ、忙しいのに、時間を割かないわ」
「なるほど」

 それもそうだと、納得してしまう己の単純さが痛い。
 雅さんは、状況がのみ込めていない私の思考を奪うように、早口で言い放った。

「実はね、貴方に買い物を頼みたいのよ」