賢しい妖狐は春を愛する

「祖母ちゃんの病気のこともありますし、この地で生きていくには、祓戸家には逆らえません」
「だったら、お祖母様の病気が治ればいいんですよね?」
「簡単に、治るものなら……」

 辛い。
 口に出すと、現実の厳しさをひしひしと感じてしまう。
 私は口角を上げて、無理やり笑顔を作った。

「ほら、もう! この話はこれで終わり。私が大丈夫と言っているんですから、大丈夫なんです。それに……。おおっ」

 私は由良さんが背負っていた竹籠の中に、摘みたての小さな葉っぱを発見していた。

「これ、小さいけど、ヨモギじゃないですか。やった! ツイテますよ。私」
「……ツイテいる?」
「はい。今まさに、ヨモギがあったらいいなって、思っていたところだったんです」
「しかし、それは、まだ若い葉です。食べられるかなって思って、少しだけ摘んで来ただけで……」
「そうですね。食用にするには、少し早いかもしれませんが、でも、ヨモギって、止血に使えるんですよ。揉んで、傷口に当てたら、治りだって早くなります。後で試してみます。由良さんのおかげで、助かりました」

 私用に使っていることがバレたら、誰かに咎められるかもしれないけど、元々、ヨモギと雑草の違いも、他の人には分からないだろう。

「引き続き、お願いしますね。由良さん」

 ……と、そこまで口にしてから、私は自分の傲慢に気付いた。

「あっ。でも、無理はなさらないでくださいね。私、由良さんに、大変、厚かましいことを頼んでいるので……。本当に申し訳ない」

 呪うべきは、屋敷から出てはいけないという、謎の規則だ。
 これのせいで、私は早春の山の幸を逃し続けているのだから……。
 しょんぼり肩を落とすと、由良さんが慌てていた。

「あ、違います。それはいいんです。適当に食べられそうなものを摘んできているだけですから。何の負担も感じません。ただ、俺は……」

 言いかけてから、ためらう由良さんに、私は首を傾げた。

「どうしました?」
「いや、君という人が理解できないんです」
「私が……ですか? これほど分かりやすい人間もいないと思いますが」
「分かりやすい人すぎて、分かりませんね」

 意味が分からない。

「小春さんは、どうして笑えるんですか? 元をたどれば、そこら辺の草や花なんかを食べなきゃいけないのだって、全部、祓戸家のせいじゃないですか」
「まあ、言われてみれば、そうかもしれませんけど。結納金、貰っちゃってるんで……」
「そんなもの、踏み倒せばいいんです」
「駄目でしょう。それは」

 いつも柔らかな物腰なのに、たまにとんでもなく口が悪くなるから、由良さんは怖いのだ。

「うーん、私の頭の中なんて、雑念しかないですけどねえ」

 私は自分に答えを言い聞かせるように、ぽつりぽつり話し始めたのだった。