役目を終えたはずの巫女でした ― 選ばれなかった時間の続き ―

■エリアナへの報告

朝の光が窓の縁を白くしていた。

扉が叩かれ、エーファが応対する。

「外務大臣アルト・ヴァルハルト様がお見えです」

エリアナは頷き、椅子に座り直した。

アルトは礼を取り、簡潔に告げる。

「大国の件について、正式にお伝えに参りました」

叔父の退位。王宮の掌握。軍の再編。

必要なことだけが順に説明される。

「市街地での大規模な戦闘は確認されておりません。被害は王宮周辺に限定されています」

「巻き込まれた方々は」

エリアナが問う。

「負傷者は出ていますが、民間への拡大はありません」

エリアナは小さく息を吐いた。

「迎えは」

「状況が安定し次第、正式な使節が派遣されます。殿下への迎えもその後です」

アルトが一拍置く。

「もう一件」

「神殿より共有がありました。昨夜、結界調整後に異世界の巫女が倒れられました」

エリアナの視線が上がる。

「容体は」

「意識はあります。微熱が続いているとのことです。命に別状はないと報告を受けています」

数秒の沈黙。

「お傍にいてもよろしいでしょうか」

「構いません。ただし、エリアナ様ご自身の体調を最優先になさってください。診療所には伝えておきます」

「ありがとうございます」

* * *

■お見舞い

サクラの部屋に入ると、マルタがサクラの手首に触れていた。

脈を確かめ、指を離す。

「脈は落ち着いてる。昨日より楽そうね」

「はい、だいぶ」

サクラは机に座り、湯気の残るカップを両手で包んでいる。頬にはまだ熱が残っている。

「まだ熱が下がり切ってないんだから、きちんと安静にしてなさい。机に座るのもほどほどに」

「……はい。だけど、私のせいでマルタさん徹夜ですよね、すみません」

マルタは眉を上げる。

「病人は変な気をつかわないの」

あっさりと言い切る。

「倒れたときに呼ばれるのが仕事なんだから」

サクラは小さく頷いた。

マルタはエリアナへ向き直る。

「殿下が様子をご覧になる件は伺っております。常時付き添う段階ではございませんので、時々見ていただく程度で構いません。何か変化がございましたら、すぐにお知らせください」

「承知いたしました」

マルタは一礼し、部屋を出ていった。

静けさが戻る。

「お加減はいかがですか」

「熱は少しありますけど、だるいだけなので大丈夫です」

皆大げさだという感じで、サクラは苦笑する。

「でも、早くよくならないと、体調崩したの見つかったら怒られます」

「怒られる、のですか」

「戻ってきたら、きっとクロトさんに怒られるの決定です。無理しないようにと毎回言われていますから」

憂鬱そうに言いながら、口元はわずかに緩む。

「それから、エリアナ様こそ。無理をなさると発作が出るかもしれませんし。ほどほどで大丈夫ですから」

「私は大丈夫です」

「大丈夫な人は、そう言いません」

「では、お互い様ですね」

エリアナが返し、サクラと笑みを浮かべあう。

「今はちゃんと休みます」

「そうしてください」

エリアナは椅子に腰を下ろし、しばらく話を続けた。

――――――――――

■明け方

二日目の明け方近く。

王宮の門が開き、馬の蹄が石畳を打つ。

クロトは馬を下り、第2班へ短く指示を出す。

それぞれが持ち場へ散る。

廊下を進み、サクラの部屋へ向かう。

ちょうど扉が内側から開いた。

エリアナが出てくる。

一瞬、視線が合う。

クロトは一礼した。

「エリアナ様」

「クロト様」

「サクラ様のご様子はいかがですか」

「熱は下がりつつあります。昨日は机で食事も取られていました。今はお休み中です」

「悪化はありませんか」

「えぇ、まだ熱はありますが、お元気です」

クロトは静かに頷く。

「それを聞いて安心しました」

一瞬、扉へ視線を向ける。

「目が覚めたら、夕方頃に様子に伺うとお伝えいただいてもよろしいでしょうか」

「わかりましたわ」

クロトは一礼し、踵を返す。

足音が遠ざかる。

扉の向こうに、動く気配はなかった。