星座が示す、144通りの恋

第133話 防虫剤を渡す瞬間
(魚座君♂x牡羊座ちゃん♀)

 四月の放課後、通学路で、夕方の匂いがしていた。並んだ足音があるだけで、道が短く感じた。
 告白の返事をした翌週、湊人は「それ、きれいだね」と笑い、紗也は「うん」と小さく返す。
 今日は買い物を手伝う。防虫剤が、二人の真ん中で目印みたいに置かれていた。
 買い物を手伝うを始める前に、紗也が立ち止まった。「ねえ、約束して」。湊人が見返すと、紗也は防虫剤を両手で持ち、落とさないように胸の前に抱えていた。
 「忙しくても、返事はしてほしい」。言い終えると、紗也は目をそらす。湊人は一度だけ深くうなずき、「気持ち、わかる」と言って防虫剤を受け取った。
 そして作業の手を止めずに「遅れたら、ここで謝る」と続ける。紗也は目を細め、「迷うより一歩だ」と笑った。道具の受け渡しが、二人だけのサインになった。
 帰り道の途中、湊人は急に立ち止まり、ポケットから小さな紙を出した。そこには『今日のよかったところ』が三つ書いてある。紗也は吹き出し、「宿題みたい」と笑う。湊人は「忘れたくないだけ」と言い、紙を二人の間に挟んだ。
 終わったあと、二人は自販機の前で立ち止まった。紗也が「今日は助かった」と言うと、湊人は照れたように頬をかき、「次はもっと上手くやれる」と返した。缶の温度が手のひらに移って、言葉も少し柔らかくなる。
 帰り道、湊人は「次は紗也のやりたいことを先に聞く」と言った。紗也は少し考えてから、防虫剤を軽く振って合図する。「じゃあ、また一緒に使おう」。その一言で、二人の距離は、前よりも少しだけ縮まった。 紗也は笑ってうなずき、湊人の袖を軽く引いた。
【終】