冷酷な殺し屋は哀しき愛に囚われる


「愛して失った……?」

 あやかしと人の間で愛情が芽生えていたことが信じられなくて、私は彼が言ったことを繰り返すことしかできなかった。
 彼はそんな反応を予想していたのか、妖艶に微笑むだけ。普通なら、息を呑むほどの美しさなのだろうけど、私は恐ろしさで呼吸が止まった気がした。
 この空間が静寂に支配されていく中で、白いケモノが自由に動き、彼の手から飛び降りた。

「そんなことより、帰らなくてもいいのかい? 椿芽さん」

 彼に言われてスマホを見ると、もう十七時になろうとしていた。はやく帰って、夕飯の準備をしなければならない。
 私は公園の出口に急ごうとしたけれど、ふと足が止まった。振り返れば、彼はじっとこちらを見つめていた。

「……どうして、私の名前を知っているんですか?」
「人に認知してもらえなくなった私たちの間では、君のような人間は瞬く間に有名になるものなのだよ」

 あやかしと関わらないようにしていても、向こうから寄ってくるのは、そのせいだったのか。
 しかし、私が本当にぞっとしたのは、ここからだった。

「母子家庭だったにもかかわらず、母親は五歳のときに他界。母親の弟夫婦に引き取られるも、あやかしが見えるせいで家でも学校でも腫物扱い。どうだい? あっているかな、小林椿芽さん」

 言葉が出なかった。
 私のことがあやかしたちの間で噂されていることを恐ろしいと思ったのもある。だが、それよりも、私が必死に異物であることから目を逸らしているのに、容赦なく現実を突きつけられたせいでもある。
 すっかりなにも言えなくなった私を、彼は、月寧は嗤った。私が困るところを見て愉しむのはほかのあやかしとも同じらしい。

「詩稀のことが知りたくなったら、私を呼ぶといい」

 月寧がそう言うと、彼は風に包まれた。再び目を開けたときには、月寧の姿はどこにもなかった。
 あやかしの気配はどこにもない。

「……呼ばないし」

 無人の空間で独り言ちると、私は急いで公園を出た。

   ◆

「おっそ」

 家に帰ると、従妹の佑奈(ゆな)がリビングのソファでくつろいでいた。帰って来たのが私だとわかってから発せられたのが、それだった。

「ごめん、すぐにご飯作るね」

 私の言葉には興味がないのか、佑奈はスマホを触り続けている。受験生で勉強をしなくてもいいのだろうかとは思うけど、居候の身である私が言えるわけなかった。
 制服から部屋着に着替えると、今日のメニューである麻婆茄子を作り始める。その合間に卵スープを作っていると、おばさんが帰ってきた。

「ママ、おっそい! お腹空いたんだけど!」
「ただいま。もう少しでご飯なんだから、我慢しなさい」

 おばさんは佑奈に言いながら、スーツの上着を脱ぐと、ソファの背もたれに置いた。

「だって、まだできてないんだもん。もうお菓子でよくない?」

 佑奈がわがままを言うと、おばさんの目が私のほうに向いた。
 怒られる。
 そんな予感がして、背筋が伸びた。
 本当の娘に向けるものとは違い、無関心で光がない眼。
 昔は扱いの違いに寂しさを感じることもあったけど、今は気にしないようにしている。
 血の繋がらない人間が、自分の憩いの場にいれば、誰だっていい気はしない。
 私自身、居心地の悪さを感じていたから、独り暮らしをしようと叔父さんに相談したこともあった。だけど、許してもらえなかった。

「まだ、時間かかるの?」
「え、あ、いや……あと少しです」

 親族の会話とは思えない緊張感。これだけは、何年経っても慣れそうにない。
 おばさんが再び佑奈のほうを向いたときには、表情に温度が戻ったような気がした。
 貴方のことが大切で特別だと語る瞳は、お母さんと重なる。

「お菓子はご飯食べてからにしなさい」
「はあい」

 ふたりの会話を聞きながら、私はガスを切った。