回線のこちら側、アーカイブには残らない話

 斉藤さんに連絡を入れ、急遽ミーティングをすることになった。

「お時間をいただいてすみません。お話がありまして……」

 七瀬が申し訳なさそうに口を開く。斉藤さんは、全然ですよと笑顔を見せる。いい関係を築けそうな、素敵なマネージャーなんだけどな、ともったいなく思う。

「水野と二人で話しまして、まだプレ契約期間中ではありますが、今回のお話、白紙に戻させていただけないでしょうか」

 斉藤さんは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。方針の相談だと思っていたのだろう。まさか大手の契約をなかったことにするだなんて、誰が想像できよう。

「ど、どうしてですか? 何かこちらの不手際がありましたでしょうか。その場合は謝罪させていただいて、改善いたしますが……」
「いえいえ、まったくそんなことはありません。とてもよくしていただきました。研修を通してさまざまなことを学べましたし、配信者として成長できたと思います」
「では、なぜ……」

 居たたまれなくなって、マグカップを口に運ぶ。

「ここ数日、ひとりで配信してみて気づいたんです。俺は水野というストッパーがいてくれたからこそ、ギリギリを攻めて言いたいこと、本音を素直に口に出せていたって。嘘をつくのが苦手なんですよ。配信者にとっては致命的なのかもしれないんすけど……でも水野とタッグを組めば、その欠点も利点に変わる。視聴者の声にまっすぐに応えることでCOREは前に進めるって気づきました」
「それは慣れればひとりでもできるようになりますよ。大丈夫です、私たちが全力でサポートします。ここ数日は確かに視聴者の方からも心配の声が聞かれましたけれど、ここから少しずつ取り返していけばいいんです」

 斉藤さんが困ったような顔をする。焦っているのか、汗をかいているようだ。

「いや、それじゃあダメってわかるんです。あのままじゃ、練習したっていいものはできない。だって俺の『嘘をつけない』性格は変えようと思って変えられるもんじゃないから。それに――」

 七瀬は躊躇するように眉をひそめる。回線がピンと張っているように感じられる。

「LUMINOUSに入れば、成功した配信者にはなれるかもしれません。でも、俺は、いや俺たちは()()()を取りたいんです。こいつがいれば、俺のギリギリのラインを見極めてもらえる。こいつには雰囲気を読み取って機転を利かせられる才能がある! だから、ここまでしていただいて本当に申し訳ないんですけど、お断りさせていただきたいです」

 斉藤さんは少し顔をしかめた。それもそうだろう。僕を褒めるということは、斉藤さんのマネジメントを落としているのと同義なのだ。怒るのもごもっともだ。
 僕はフォローするように口を挟む。

「もちろん、LUMINOUSでも斉藤さんなら七瀬をトップ配信者にすることはできるとわかっています。ですが、それでもやっぱり僕らは、七瀬の味を出したいんです」

 画面越しなのに、部屋の空気がひりつく。全然意味はないが、空気清浄機のスイッチを入れた。
 僕のフォローはあまり意味がなかったようだ。

「個人勢でトップ配信者になるのは、本当に限られた人間にしかできません。ぶっちゃけますが、七瀬さんにはそこまで突出した武器があるわけではないです。有象無象に埋もれるよりかは、事務所で地道に伸ばしていく方がいいでしょう」

 カチンと来た。本性がちらっと見えた気がする。
 ――ああ、この人は、いやこの会社はまずい。プレ契約だから丁寧に接してくれていただけだ。実際に入っていたら、どれだけ厳しい言葉をかけられるかわからない。
 僕は至って冷静に言葉を返そうと思って、一度ゆっくりとコーヒーを啜った。

「――七瀬には突出した武器がないとおっしゃいましたね?」あくまで感情を抑え、冷静に。「それは本当でしょうか?」

 少し考えるようなそぶりをして、あえて間を作る。

「違いますよね。七瀬の武器は本音で語って視聴者に寄り添う姿勢です。突出した武器がないんじゃなくて、LUMINOUSがその矛を収めさせたんじゃないですか?」

 七瀬が驚いている。僕は学校では二軍三軍の陰キャで、自分の意見をはっきり言うタイプではないからだろうか。

「僕ならその矛を使って七瀬をトップ配信者にしてみせます。矛だって振り回せば危ないですが、地面に突き立てれば道標になり、誰かの隣に置けば杖になる。七瀬ならそれができます。そして僕もその使い方を場面に応じて指示を出せます。これまでだってそうやってきた! こいつはきっと、いや絶対、僕と一緒にやればトップ取れるんです! 矛を振り回すか鞘に収めるかしか知らないような会社には、七瀬はもったいないですね」

 ――言ってしまった。スカッとはしたが、七瀬の意図に反してはいないだろうか。円満に終わらせたかったかもしれない。
 でも、そんなの僕は耐えられない。最大の侮辱を受けたんだぞ! 円満な形をぶっ壊したのは斉藤さんだ。
 七瀬を馬鹿にするな。こいつは才能がある。誰がなんと言おうと僕がそう認める。
 息を吐いてから、七瀬の顔色を窺う。予想に反して、清々しい顔をしていた。
 コーヒーを一口。しっかり味がする。

「……そうですか。では、せいぜい炎上しながら茨の道を進んでください。契約は白紙とします。契約書の通り、期間中の収益分配は取り決め通り、明日以降の配信に関しては取り決めは無効となります」
「大変お世話になりました。ありがとうございました」
「ありがとうございました」

 一応頭を下げる。斉藤さんはブチっとルームを終わらせた。
 僕たちはすぐ電話をつなげた。

「お前! めちゃくちゃ啖呵切ってたな!」

 ガハハハと大笑いする七瀬。僕は苦笑いするしかなかった。

「やりすぎたかな、と思ったけど、流石に言われっぱなしは許せなくて」
「学校でもあれくらいやればいいのに」
「できないよ」
「んじゃあ改めて。これからもよろしく。また前のようになんでも指示してほしい」
「どうせ七瀬が事務所入ろうが、僕は勝手に配信分析やってたよ。もう日課になっちゃってんだから。――まあ、よろしく」

 それからいつものように、二人で配信分析と企画について話し合いを始めた。久しぶりの感覚に、二人とも時間を忘れて話し込んでしまい、気づけば時計の針がてっぺんを越していた。