次の配信もうまくいかなかった。今度は明確な沈黙が生まれ、ゲームの実況で無理やりつなぐ場面が多くなった。コメント欄は心配で埋め尽くされ、杞憂民が大量発生している。
でも、七瀬も僕も一時的なものだろうと思っていた。斉藤さんもそうだろう。
これは練習なんだ。これを乗り越えて、七瀬は一人前の配信者になる。一人でガンガン喋れるようになって、ゲーム実況メイン、でもうまくコメントも拾いつつ、炎上を華麗に回避して上手に立ち回る。そんな人気配信者に。
大手にスカウトされたんだ。七瀬にはそれだけの実力がある。運がいいと言う人もいるかもしれないが、運だって実力のうちだ。激戦の配信者時代に見つけてもらうためには、やっぱり豪運の持ち主でないといけないのだろう。
だから、いま少しうまくいかなくて視聴者が離れていっても、仕方のないこと。すぐに慣れて持ち直せる。七瀬なら。
だが、次の配信も慣れが見えることはなかった。むしろ最悪の事態が起こってしまう。
沈黙が増え、焦ったのかゲームもミスばかり。切れ味もテンポも悪い配信に同接は少しずつ減っていき、初期と同レベルになってしまった。
それも、残っている層は杞憂民ばかり。心配することでCOREに媚を売りたいのか、認知してほしいのか、はたまた純粋に心配でならないのか……。
そんな中、まだ開始30分くらいのタイミングで、COREは固い表情を見せる。
「ごめん、今日ちょっと調子悪りぃわ。あ、体調は全然大丈夫だから気にしないで。ただ疲れてるんかな、頭回らないんよなー。今日は早めに切り上げて寝るわ! 寝たら戻るだろ」
コメント欄にも、休んだ方がいいという声が並ぶ。
僕はなかなかうまくいかない現状に、思わずため息をついた。
「見てくれてありがとう! 俺もゆっくり休むからみんなもちゃんと休んでなー。以上、COREのゲーム配信でした。最後までありがとう。また次の配信で」
配信が切れる。お疲れさまの文字が並ぶ。僕もひとつ連ねた。
この後、七瀬は斉藤さんと反省会だ。分析して待っておくことにしよう。――なんて、もうマネージャー降りるのに、分析してもしょうがないんだけど。もう手癖でアナリティクスを開いてしまうのだから、仕方がない。
コーヒーを注ぎにキッチンに向かった。両親は仕事で、家には僕ひとり。配信が終わって音がなくなり、家の中は静まり返っている。
斉藤さんとの話が終わったのか、七瀬から電話がかかってきた。すぐに通知を横に滑らせ、スピーカーをオンにする。
「お疲れ。大丈夫?」
「ああ、うん。いやぁ、あんなにうまくいかんとはな……」
陽キャの七瀬にしては珍しい落ち込んだ声。
「ちょっと根詰めすぎなんじゃない? スカウトから結構忙しいじゃん。疲れてんだよきっと。ちゃんと休めば普通に喋れるようになるって」
「……」
僕の慰めは泡沫となって消えていく。ペンを回す音だけが部屋に落ちる。気まずい沈黙ののち、七瀬はゆっくりと口火を切った。
「あのさ……俺、水野の助けがないとうまく配信できねえって思った。――俺、スカウト断ろうと思う」
「え?」
「水野はもうマネージャーから手引こうと思ってただろうし、そうしたいと思ってたらごめんなんだけどさ……もう一回、俺のマネージャー、やってくれん……?」
「……」
今度は僕が黙る番だった。
今回のチャンスを逃せば、大手からのスカウトなんてそうそう巡ってこないだろう。いや、七瀬レベルならまたすぐに来るのだろうか。
七瀬なら、大手でも結構上の方に行けると思う。そのチャンスを自ら手放すのはもったいないんじゃないのか……?
「せっかくのチャンスなんだからさ、ちょっと分析が得意な僕なんかがマネやるよりもLUMINOUSにやってもらった方がいいに決まってるだろ。こんなチャンス、なかなか巡ってこないぞ」
「……俺が最初に言ったこと、覚えてる?」
4ヶ月前の図書室での出来事を思い浮かべる。
『俺、トップ配信者になりたいんだ。で、いまはひとまず登録者一万人を目指してるとこ。――なあ、お前、俺のマネージャーやってくれん?』
「俺はさ、トップ配信者になりたいのよ。んで、トップってのは、登録者数はもちろん、COREといったら何々だよね、みたいな個性? がはっきりしているやつって俺は定義してる。このままLUMINOUSに任せたら、俺の色は消えちゃうよ」
電話越しの七瀬の声は真剣だった。
「俺、お前とならトップ配信者になれると思う。それは誘った時から変わってない。っていうかむしろ確信が増してるよ。実際、水野の提案で人生相談配信やってうまくいったわけだし、あのまま行けば『COREといえば人生相談』の方程式ができた」
自信のありそうな七瀬の声に、僕はLUMINOUSという大手の名前にかすんで忘れていた熱い気持ちを少しずつ思い出す。
――僕だって、七瀬をトップ配信者にしてやりたい。そのためには努力は惜しまない。何より、マネージャー業務は他のすべてを忘れられるくらい熱中できるものだ。僕は、COREのマネをやりたいんだ。
それは、大手ならば安心な道を地道に登って、知名度も事務所の名前を借りつつゆっくりと高めていけるだろう。でも、僕たちが目指しているのはそういう”人気配信者”ではないのだ。
己の味を存分に生かした、”トップ配信者”。
スカウトのDMからずっともやもやしていて言語化できなかった気持ちが、明確な答えを出す。
「なあ、一緒にやろうぜ、水野」
「――うん。僕もCOREをトップ配信者にしたい。そのためには、大手じゃダメだ。ずっと違和感はあったんだ。もやもやしてたんだけど、七瀬の目標聞いてはっきりしたよ。七瀬の味は炎上を過度に恐れすぎずに思ったことを素直に言うところにあるわけで、それを活かすためにはやっぱり安泰な道を選んじゃいけない。個人勢じゃなきゃいけないんだ」
「しかも、俺のストッパーができるのはやっぱ、お前だけだよ。水野とやってる時はめちゃくちゃ配信しやすかった。危ないところまで行っても、水野が道を見つけてくれるって思えば、安心して話せた」
PCの奥のカレンダーを破ると、今月のまっさらなページがあらわになった。
でも、七瀬も僕も一時的なものだろうと思っていた。斉藤さんもそうだろう。
これは練習なんだ。これを乗り越えて、七瀬は一人前の配信者になる。一人でガンガン喋れるようになって、ゲーム実況メイン、でもうまくコメントも拾いつつ、炎上を華麗に回避して上手に立ち回る。そんな人気配信者に。
大手にスカウトされたんだ。七瀬にはそれだけの実力がある。運がいいと言う人もいるかもしれないが、運だって実力のうちだ。激戦の配信者時代に見つけてもらうためには、やっぱり豪運の持ち主でないといけないのだろう。
だから、いま少しうまくいかなくて視聴者が離れていっても、仕方のないこと。すぐに慣れて持ち直せる。七瀬なら。
だが、次の配信も慣れが見えることはなかった。むしろ最悪の事態が起こってしまう。
沈黙が増え、焦ったのかゲームもミスばかり。切れ味もテンポも悪い配信に同接は少しずつ減っていき、初期と同レベルになってしまった。
それも、残っている層は杞憂民ばかり。心配することでCOREに媚を売りたいのか、認知してほしいのか、はたまた純粋に心配でならないのか……。
そんな中、まだ開始30分くらいのタイミングで、COREは固い表情を見せる。
「ごめん、今日ちょっと調子悪りぃわ。あ、体調は全然大丈夫だから気にしないで。ただ疲れてるんかな、頭回らないんよなー。今日は早めに切り上げて寝るわ! 寝たら戻るだろ」
コメント欄にも、休んだ方がいいという声が並ぶ。
僕はなかなかうまくいかない現状に、思わずため息をついた。
「見てくれてありがとう! 俺もゆっくり休むからみんなもちゃんと休んでなー。以上、COREのゲーム配信でした。最後までありがとう。また次の配信で」
配信が切れる。お疲れさまの文字が並ぶ。僕もひとつ連ねた。
この後、七瀬は斉藤さんと反省会だ。分析して待っておくことにしよう。――なんて、もうマネージャー降りるのに、分析してもしょうがないんだけど。もう手癖でアナリティクスを開いてしまうのだから、仕方がない。
コーヒーを注ぎにキッチンに向かった。両親は仕事で、家には僕ひとり。配信が終わって音がなくなり、家の中は静まり返っている。
斉藤さんとの話が終わったのか、七瀬から電話がかかってきた。すぐに通知を横に滑らせ、スピーカーをオンにする。
「お疲れ。大丈夫?」
「ああ、うん。いやぁ、あんなにうまくいかんとはな……」
陽キャの七瀬にしては珍しい落ち込んだ声。
「ちょっと根詰めすぎなんじゃない? スカウトから結構忙しいじゃん。疲れてんだよきっと。ちゃんと休めば普通に喋れるようになるって」
「……」
僕の慰めは泡沫となって消えていく。ペンを回す音だけが部屋に落ちる。気まずい沈黙ののち、七瀬はゆっくりと口火を切った。
「あのさ……俺、水野の助けがないとうまく配信できねえって思った。――俺、スカウト断ろうと思う」
「え?」
「水野はもうマネージャーから手引こうと思ってただろうし、そうしたいと思ってたらごめんなんだけどさ……もう一回、俺のマネージャー、やってくれん……?」
「……」
今度は僕が黙る番だった。
今回のチャンスを逃せば、大手からのスカウトなんてそうそう巡ってこないだろう。いや、七瀬レベルならまたすぐに来るのだろうか。
七瀬なら、大手でも結構上の方に行けると思う。そのチャンスを自ら手放すのはもったいないんじゃないのか……?
「せっかくのチャンスなんだからさ、ちょっと分析が得意な僕なんかがマネやるよりもLUMINOUSにやってもらった方がいいに決まってるだろ。こんなチャンス、なかなか巡ってこないぞ」
「……俺が最初に言ったこと、覚えてる?」
4ヶ月前の図書室での出来事を思い浮かべる。
『俺、トップ配信者になりたいんだ。で、いまはひとまず登録者一万人を目指してるとこ。――なあ、お前、俺のマネージャーやってくれん?』
「俺はさ、トップ配信者になりたいのよ。んで、トップってのは、登録者数はもちろん、COREといったら何々だよね、みたいな個性? がはっきりしているやつって俺は定義してる。このままLUMINOUSに任せたら、俺の色は消えちゃうよ」
電話越しの七瀬の声は真剣だった。
「俺、お前とならトップ配信者になれると思う。それは誘った時から変わってない。っていうかむしろ確信が増してるよ。実際、水野の提案で人生相談配信やってうまくいったわけだし、あのまま行けば『COREといえば人生相談』の方程式ができた」
自信のありそうな七瀬の声に、僕はLUMINOUSという大手の名前にかすんで忘れていた熱い気持ちを少しずつ思い出す。
――僕だって、七瀬をトップ配信者にしてやりたい。そのためには努力は惜しまない。何より、マネージャー業務は他のすべてを忘れられるくらい熱中できるものだ。僕は、COREのマネをやりたいんだ。
それは、大手ならば安心な道を地道に登って、知名度も事務所の名前を借りつつゆっくりと高めていけるだろう。でも、僕たちが目指しているのはそういう”人気配信者”ではないのだ。
己の味を存分に生かした、”トップ配信者”。
スカウトのDMからずっともやもやしていて言語化できなかった気持ちが、明確な答えを出す。
「なあ、一緒にやろうぜ、水野」
「――うん。僕もCOREをトップ配信者にしたい。そのためには、大手じゃダメだ。ずっと違和感はあったんだ。もやもやしてたんだけど、七瀬の目標聞いてはっきりしたよ。七瀬の味は炎上を過度に恐れすぎずに思ったことを素直に言うところにあるわけで、それを活かすためにはやっぱり安泰な道を選んじゃいけない。個人勢じゃなきゃいけないんだ」
「しかも、俺のストッパーができるのはやっぱ、お前だけだよ。水野とやってる時はめちゃくちゃ配信しやすかった。危ないところまで行っても、水野が道を見つけてくれるって思えば、安心して話せた」
PCの奥のカレンダーを破ると、今月のまっさらなページがあらわになった。



