回線のこちら側、アーカイブには残らない話

 霧雨が窓を細かく濡らしている。
 大手のプレ契約が始まった。正式に大手の配信者となるために、少しずつマネージャーを僕から斉藤さんに移していく引き継ぎが必要だ。
 これまでは、配信中判断に迷ったり、炎上リスクがある話題が出たりしたとき、僕がラインを判断してチャットで指示を出していた。それはやめて、基本的な配信の舵取りは七瀬一人がやることになったのだ。
 コンプライアンス研修を受けた七瀬の顔は引き締まっていた。

「なんかめっちゃ緊張するな。最初は俺一人でやってたはずなのに」
「まあまだ練習だから。最悪僕が何か指示出してもいいって斉藤さんも言ってるし」
「それだと練習になんないだろ。まあなんとかなる」

 ビデオ通話を終え、七瀬は配信に向かった。
 僕は癖のようにCOREの配信をPCに映し、ノートを取る準備をする。もちろん、コーヒーが入ったマグカップも置いてある。間違ってチャットしてしまいそうだから、スマホは少し離れたところに置いた。
 4ヶ月といえど、習慣というものは恐ろしい。

 配信が開始する。順調にゲームを進めていった。
 対戦が一本終わり、次の対戦までの休憩時間。コメント欄にはいつものように、長文のスパチャが流れる。人生相談が書かれているのだ。
 七瀬はそれをチラッと見て――見逃した。
 スパチャの内容は特に危ないものでも、七瀬が答えにくい分野のものでもなかったはずだ。いつもなら拾うはずのスパチャを、あいつは拾わなかった。
 まあ一回くらい大丈夫か? と思い、次の対戦に入った七瀬を画面越しに見守る。
 だが、違和感は積み重なっていく。コメントに目を遣っているのはわかるが、ほとんど拾っていない。拾ったとしても、当たり障りのないことしか言わずに次の話題に移っていくのだ。
 そうやって次々に話題が変わっていくから、トピックが尽きてきたのか、徐々に口数が減っていった。
 そうこうしているうちに、視聴者も異変に気づく。

『なんか今日、調子悪め?』
『コアが静かとか、槍降るんじゃね?』
『体調悪いんかな』
『ちゃんと休んで😭』
『今日つまんなくね』
『コメント見てないっぽい?』
『いや、目線はコメントに行ってるけど拾ってない』

 七瀬はそんなコメントたちを見たのか、後半はわざとらしくテンションを上げてゲームをしていたが、結局スパチャを拾うことはなかった。なんとかいつもと同じくらいの時間まで引き延ばし、配信は切れた。
 雨が強まっている。コーヒーは全然減らないまま冷め切ってしまった。