回線のこちら側、アーカイブには残らない話

 朝起きたら、アナリティクスとCOREのSNSアカウントのDM、仕事用メールのチェックが日課になってしまった。DMの通知が立っているのが目に入って、開いてみる。
 トップに出てきたアカウントが、何度も見かけた大手配信者事務所のそれで思わず二度見してしまった。
 ――もしかして、いや、もしかしなくても、スカウトか?
 七瀬と一緒に見た方がいいのかもしれないが、マネージャーだから、といってこういう仕事を僕に一任してきたのは七瀬だ。先に見ても文句は言えないだろう。
 恐る恐るアイコンをタップした。

『はじめまして。突然のご連絡、失礼いたします。
配信事務所LUMINOUS(ルミナス)マネジメント部の斉藤と申します。
CORE様の配信活動を拝見し、
・高いトーク力
・視聴者との距離感
・安定した同時接続数の伸び
に強い可能性を感じ、ご連絡させていただきました。
現在弊社では、次世代を担う配信者の発掘を行っており、CORE様にはぜひ一度、プレ契約という形で弊社サポートのもと配信活動を行っていただければと考えております。
プレ契約期間中は、
・配信方針の相談
・コンプライアンス研修
・企業案件の斡旋
などを中心にサポートさせていただきます。
ご興味がございましたら、詳細について一度オンラインでお話できれば幸いです。
ご検討のほど、よろしくお願いいたします。』

 ――すごい。初めて4ヶ月ちょいで大手からスカウトが来るだなんて。
 一瞬興奮が最高潮になって、でも次の瞬間すぐに冷静になって気づく。
 ――ってことは僕はもう用済みになる、よな……?
 大手がバックにつくということは、もちろん専属マネージャーもつくはずで。僕がマネジメントをする必要はなくなる。
 楽しい仕事だ。七瀬とはこの仕事を通して仲良くなれたような気がする。何よりこの4ヶ月、僕なりに一生懸命やってきた。結果としてCOREが伸びに伸びて、大手からメッセージが来るところまでたどり着いた。
 最高の終わり方じゃないか。こんなにとんとん拍子に行くことなんて、そうそうない。
 でも、なぜか違和感が残っている。僕はもっとマネージャーを続けたいのか? それとも、何か別のところに引っ掛かっているのか。
 いずれにせよ、七瀬に知らせなければ、とDMのスクショをチャットで送る。
 話し合いは放課後にしよう。

 七瀬はとりあえずプレ契約だけでも受けてみると言って、僕はそれに賛成した。よくも悪くも会社のリアルが見られるわけで、これを断る理由はない。
 僕はDMで承諾の旨を送るついでに、中の人とマネージャーの二人で打ち合わせに参加することを伝えた。
 数日後、オンラインで打ち合わせが行われた。七瀬はいつもの配信部屋から、僕は自分の部屋から、それぞれ制服を着て参加する。
 仕事の打ち合わせなんて初めてだ。緊張で震える手を落ち着けるために、コーヒーを啜る。
 時間になってルームに入ってきたのは、いかにも仕事ができそうな若い男性だった。名を名乗って、画面越しに名刺を見せてくる。オフィスの小部屋を使っているようで、慌ただしく働いている音が後ろから聞こえてくる。

「初めまして、COREの中の人、七瀬央と申します。今日はよろしくお願いいたします」

 七瀬が学校にいるときのようなふざけた態度とは一変、真面目な顔を見せる。僕もできるだけ丁寧に挨拶した。印象はいいに越したことはない。
 斉藤さんから、プレ契約の内容を詳しく説明される。収益の分配、さまざまな研修、すでに会社に提案が来ている案件でCOREでもできそうなもの……とにかく多岐にわたる説明に懸命に耳を傾ける。
 冷静に判断しようと努める。多分だが、怪しい点はない。損をすることはないだろう。それどころか、さすがは大手というべきか、配信者への配慮が手厚い。
 スマホのチャットで七瀬と会話する。

『多分だけど、問題ないと思う。そのままの条件で呑んでもかなりこっちが得』
『俺もそう思った。じゃあ受けちゃうよ?』
『OK』

 七瀬が承諾の意を示す。契約を交わし、いざ配信スタイルの分析を始めることに。僕がこれまで分析してきたことを、簡単にかいつまんで説明する。どんな分析を理由に、どんな配信スタイルを選択してきたのかを論理的に語った。
 斉藤さんは一生懸命聴いていた、と思う。だからこそ、最初の一言に僕は少しがっかりした。

「人生相談配信は減らして、最終的にはゲーム一本で行きましょう。今の時代、ちょっとしたことで炎上します。COREさんがやっている配信はコンプラギリギリです。これから事務所のコンプラ研修を受けて、安全な道を進んでいきましょう。あなたなら、ゲーム配信でもかなり人気を取れる」

 斉藤さんは真剣に話している。つまり本気で、「人生相談は炎上リスクがある危ない配信だ」「絶対にやめた方がいい」と思っているわけだ。
 ――それは違うんじゃないか? 七瀬の味を活かすなら、どう考えても人生相談配信だろ。それで実際視聴者も獲得できてるし……。安全な道を行きすぎて個性が消えるんじゃあ、配信者としてうまくいかない。

「いや、でも、水野が……マネージャーがアナリティクスやチャット、コメントを分析して、俺が本音を語ったときの視聴者の反応がいいって結論が出たんですよ。それに、人生相談でバズったときから、マシュマロで相談が投げられるようになって。結構好評なんすよ。それをやめたら、もったいないっていうか……」

 七瀬も同じことを考えていたようだ。だが、斉藤さんは渋い顔をしている。

「いやぁ……確かにCOREさんの強みはそこにあるとは思うんですが、だからこそ、その本音をゲームをやりながら言えたら最強じゃないかと思うんですよね。実際、バズったのはゲーム配信だったじゃないですか」

 七瀬も僕も黙ってしまう。違う、と自信を持って言いたいところだが、僕だってマネージャーは初めてなわけだし、大手で働いていて、何人も配信者を見てきている斉藤さんが言っていることの方が正しいはずだから。
 やっぱり、僕は手を引いた方がいいのだろう。