回線のこちら側、アーカイブには残らない話

 僕の定位置はCOREの配信を画面いっぱいに広げたPCの前になった。ブラックコーヒーを啜りながら、スマホとPC、ノートを見比べる。
 画面の向こうで、七瀬が明るくしゃべっている。ゲームでミスをしては大きな台パンを繰り出し、視聴者との会話に興じている。
 知っている人が画面の向こう側で話したり動いたりする姿は、幾度となく分析を繰り返しても慣れるものではない。マネージャーという裏方についているというのに、どこか視聴者気分で配信を楽しんでいる部分がある。
 COREの活動はかなり順調だった。特に炎上することなく、かといって大きくバズることもなかったが、徐々にファンを獲得していっている。
 今日は視聴者参加型のゲーム配信だ。ボイスチャットをONにして、視聴者とパーティーを組み、話しながら敵と戦うのだ。視聴者が初心者の場合は特別にCOREがキャリーしてくれることになっている。ファンとしては一緒にプレイしてもらえれば、勝っても負けても嬉しいだろう。
 個人勢の強みは、こうしてファンとの距離を近く保てることだ。大手ではこんな視聴者とバンバン話すような配信は滅多にできないはずだ。
 僕は定位置で待機しながら、流れるチャット欄を眺める。何人かは順調に事が進んでいるようだ。視聴者参加型で起こりやすいのは、視聴者側の機材トラブルだ。だが、いまのところその心配もなく、会話が途切れることもなく、安定した配信ができている。
 問題が起きたのは四パーティー目。僕は思わずスマホを構えた。

『僕、COREさんに憧れてます! まだ高校生なんですよね? 学校と活動の両立尊敬です。……あの、一個相談いいですか?』
「ありがとう。いいよ、言ってみ」

 他の人に聞かれた状態で相談に乗るということがいかに危険か、少し想像すればわかると思う。それを配信という場でやるのだ。七瀬の「いいよ」の覚悟は相当大きなものだろう。
 僕はタタタッと急いでチャットに文字を打ち込んでいく。

【相談は逃げられなそうだから受けてOK。ひとまず肯定も否定もせず聞き役に徹して】

 フリック入力を早くしておいてよかった。
 チャットに既読がつく。配信でも、COREが一瞬目をカメラから逸らしたのがわかった。
 相談は続く。

『実は俺、不登校気味で。別にいじめられてるとか、勉強が極端にできないとか、そういう明確な理由があるわけじゃないんすけど、学校に行こうとするとしんどくなってしまって。行けないことが多いんです』
「うんうん」
『でも、そんな自分に嫌気が差してきて、なんで俺はこんなに弱いんだろうって思うんすよね。COREさんは学校に行くべきだと思いますか?』

 僕は慌ててチャットを進める。
 ――この手の話は、七瀬の意見を求めているんだから、よほどおかしなことを言わなければ大丈夫なはず。COREのファンは七瀬のリアルな声を求めているんだ。大丈夫、あとは七瀬に任せるべきだ。

【断定NG。でも七瀬の言いたいこと言いな】
【いい感じに伸ばして、ゲームの盛り上がりで話切り上げよう】

 少し考えをまとめるような仕草を見せて、ゲームキャラを動かしながら、器用に既読をつける七瀬。
 さらりとゲーム内でも相談相手をリードしたり守ったりしながら、七瀬は本音を語り始めた。

「正直に言うね。俺はさ、学校行きたくないとか思ったことないわけよ。あ、全然傷つけるつもりとかじゃないから、嫌な気持ちになったらごめん。ただ、そう思ったことがないから、わかったようなことは言えないとだけ前置きさせてね」
『いえいえ! COREさんの話が聴けるだけでありがたいっす!』
「行くべきかって聞いてたと思うんだけど、俺はぶっちゃけね、行っても行かなくてもいいと思う。勉強は大事だと思うし、協調性とかコミュ力とか学校にいるだけで学べることってある。でも、それって別に学校の特権じゃねえと思うんよな」

 真剣な顔をして、丁寧に言葉を紡ぐ七瀬。一生懸命向き合おうとしているのが、画面を通しても伝わってくる。
 ――頑張れ。きっと、七瀬の本音がほんの少しでもこの子を救ってくれるはずだ。頑張ってくれ。
 祈るような気持ちで七瀬の声に耳を傾ける。

「いまの時代、YouTubeで勉強できるわけだし、こうやってボイチャでしゃべれる時点でさ、お前、コミュ力はちゃんとあるってことよ。じゃあ、絶対学校に行かなきゃいけない理由ってないよな」
『確かに……。で、でも、やっぱり行ったほうがいいって周りの大人は言うんです』
「学校に行くことで得られるメリットをさ、他の形で得られるのであれば、行ったほうがいいってこともねえよ? 多分。つまりさ、お前は選択できる権利があるって俺は思う。行きたいときに行って、行きたくなければ無理に行くこともねえんじゃねえ?」
『な、なるほど……! それなら親を説得できそうっす。俺、学校の代替案みたいなの、考えてみます』

 ――やっぱり、七瀬のコミュ力は本物だ。それに、頭の回転が早い。

「自分を納得させるためにも、いろいろ調べてみるのは大事かもな――あ! 205敵敵敵!」

 パパパパと銃を連射し、敵をダウンさせる。

『ごめんなさい! ダウンしました……こっち激ローっす』
「了解! あと二人やったら起こしに行く。コンテナ入ってな」

 残っているパーティーは少ない。キルログが激しく動いていく。相手のパーティーを倒し、移動しながら相談相手を助けに行く。安地が迫っていて、注射を打ちながら移動する。

『あと2チームっす!』
「よっしゃ行くぞ!」

 結果、うまくハイドして2位でフィニッシュした。
 人生相談はゲームの山場でうまく切り上げることに成功した上、ゲームの成績も良好。高校生くんはきっと満足してくれたことだろう――と信じたい。

 ・・・

 翌々日、朝起きてすぐの日課になったアナリティクスのチェックの際、文字通り飛び跳ねた。一昨日の視聴者参加型配信のアーカイブが爆発的に伸びていたのだ。開始一時間半ほどの視聴回数がとんでもないことになっている。
 何が起きたのか気になって、いわゆるエゴサをしてみた。すると、とある切り抜きが大バズりしていた。

『【COREの神対応】お前は選択できる権利がある【視聴者参加型ゲーム実況】』

 あの高校生の人生相談への対応が「神対応」として切り抜かれていたのだ。七瀬が述べた言葉、「お前は選択できる権利がある」がさも名言のように取り上げられている。
 コメント欄でもさまざま讃えられていた。

『配信という臨機応変な対応が求められる状況でこれはすごい』
『その後ちゃんと2位でフィニッシュしてるのも神』
『お前ら、COREの沼へようこそ』

 だが、必ずしもいい意見ばかりではないようだ。

『でも結局学校行きたくないって思ったことないんでしょ? 知らないくせに知ったような口きいて、無責任じゃない?』
『このCOREって人、陽キャって感じだもんな。こんなこと言っておきながらクラスメイト虐めてそう』
『お前って言ってるあたり、上から目線すぎ』

 配信者としてそれなりに人気が出てくると、どうしてもアンチコメントが来る。むしろ、アンチがいて初めて一人前とも言われているくらいだ。
 議論の場になっているのだから、喜ぶべきことなのだろう。だが、憶測で人を虐めているなんて勝手なことを言わないでほしい。
 これはマネージャーとして七瀬のメンタルを支えなくてはならない。

 その日の放課後、七瀬の配信部屋で膝を突き合わせた。七瀬はハイになっているようだった。
 それもそうだろう。初めてのバズ、アンチコメント。感情の落差が激しくて興奮してしまうのも無理もない。僕でさえもドキドキと心臓が激しく波打っているのだから。

「今日、いつも通り配信できそう?」
「配信してる間はそれこそハイになってるから、特に気にならんな。ただ……こんなに早くアンチコメントをもらうとは思ってなかった」
「七瀬くらい才能があれば、普通というか想定内だよ。燃えてるわけじゃないし、プラスの方向でバズったって多種多様な意見が出るのは当たり前だからね。実力で勝ち取ったバズなわけだし、堂々としてていいと思うよ」
「そうか、そうだよな。――水野。ありがとな」
「なんだよ改まって。僕は何もしてないって」

 画面に表示されたアナリティクスが激しく変動しているのが目に入る。七瀬のお母さんが淹れてくれたお茶はいつの間にか飲み切ってなくなっていた。