◆
翌日、少しだけ学校に行くのが怖かった。
なんというか、昨日はわかったふうにのんちゃんと話したけど、あれでよかったのかと、帰り道に何度も思った。
紘都が頼んできたこと、半分も達成されてないし……
まあ、俺にできることはやった。それは言い切れる、よな?
「あーもう……」
自然の音だけではどうしてもそればかり考えてしまうから、俺はワイヤレスイヤホンを耳につけ、音楽を流そうとスマホを手にした。
「碧羽くん?」
音楽を再生するよりも先に、俺の名前を呼ぶ声が後ろから聞こえた。
振り向くと、肩あたりで切りそろえられた髪を揺らすのんちゃんが立っている。その横には不愛想な紘都が……
「え、のんちゃん!?」
昨日まではロングだったのに、それがばっさりと切られていて、驚かずにはいられなかった。
髪の長さも変わって、トレードマークとも言えていたツインテールじゃなくなってるし。
自分でも感心してしまうくらい、綺麗に二度見をしてしまった。
でも、そうやって俺が大げさに反応したからか、のんちゃんは戸惑いながら笑った。
「変、かな」
しまった、反応を間違えた。
「全然! 超似合ってるよ」
すると、のんちゃんは照れた様子で「へへ」と笑った。
うん、笑顔は変わんないな。
のんちゃんは全部が作り物だって言ってたけど、昔の写真と比べても、のんちゃんの笑顔はやっぱり作り物ではないと思うんだよね。
まあ、それをのんちゃんが受け入れられるかは別だから、言わなかったけど。
いつか、そのことも受け入れられればいいな、なんて勝手に思うくらいはいいよな。
「のんね、短い髪もやってみたかったんだ」
そう語るのんちゃんを、紘都はこれまでにないくらい柔らかい眼で見つめていた。
俺の視線に気付くと、すんとした表情に戻ったけど。
こっちも相変わらず、難儀な奴だな。
そんなふたりを見ていると、思わず笑みがこぼれた。
もう、考えすぎることもないか。
そう思った俺は、イヤホンを外してのんちゃんの隣に立って一歩、踏み出した。
しかしまあ、昨日の今日だと会話が弾むわけもなく、俺たちはまた初対面に戻ったみたいに距離感を探りながら、校門をくぐった。
そして昇降口にたどり着いたときだった。
「のんちゃん」
控えめな声で呼び止めてきたのは、結衣子先輩だった。
彼女の姿を認識した途端、俺と紘都はのんちゃんの前に立った。
結衣子先輩は怯えたような目をしたけれど、そんなものは知らない。
「……貴方たちも一緒でいいから、少し話をさせてほしいの」
俺たちは互いに顔を見合わせ、そしてのんちゃんを見た。
まだあの日の恐怖が忘れられていないのか、のんちゃんは声も出ないみたいだ。
こんな状態で結衣子先輩と話すなんて、不可能に近い。
でも、このまま話さないままってのも、のんちゃんには良くない気がした。
「わかりました」
どうやら紘都も同じ考えらしい。先に言われてしまった。
にしても、微塵も慈悲がない、切り捨てたような言い方だな。
あの日、絶対許さないって言ってたし、当然の反応なのかもしれないけどさ。
のんちゃんがますます気にしちゃってんじゃん。下手くそめ。
俺はそんな怒りを込めて紘都を見ながら、結衣子先輩の後を追った。
俺たちが連れてこられたのは、体育館の裏。生徒会長が文化祭準備のときに椅子を並べていた場所だ。
結衣子先輩はくるりと身体の向きを変えると、その勢いのまま、頭を下げた。
「あんな酷いことをして、ごめんなさい」
数秒して顔をあげると、本当に申し訳なさそうにしている。
そんな顔をされても、結衣子先輩がしたことは消えないんですけどね。
「いいよ」
俺たちが警戒しているのとは裏腹に、のんちゃんの明るい声が響いた。
そうするだろうなとは思っていたけど、本当に言うとは。
紘都は呆れてため息までついている。
「いいの? のんちゃん」
倒れるくらい嫌なことだったんじゃないの?
「うん」
迷わず頷かれたら、じゃあいいか、としか思えないじゃん。
のんちゃんにあっさりと許され、結衣子先輩は安心したようで、戸惑っているように見えた。
もしかして、今の言葉も本心かどうか疑ってるとか?
それはさすがに、疑り深いにも程があるでしょ。
「結衣子センパイ、のんも、ごめんなさい」
そんな言葉が続くとは思わず、俺たちも驚いてのんちゃんを見た。
だけど、のんちゃんは俺たちのことなんて気にもせず、まっすぐに結衣子先輩と向き合っている。
「なんでのんちゃんが謝るの……?」
「だって、のん、結衣子センパイのこと悲しませちゃったから。のんが今まで結衣子センパイに言ってきたこともウソなんじゃないかって思ったから、あれを書いたんだよね?」
結衣子先輩は応えない。
「でもね、のん、本当に結衣子センパイの絵が好きなんだよ」
のんちゃんのその言葉は結衣子先輩に届いているようで、結衣子先輩の目が潤んでいるのが見えた。
「文化祭で飾ってた絵も、素敵だった」
「見て、くれたの……?」
のんちゃんが頷くと、結衣子先輩はますます自分がしたことの罪の重さを実感したのか、俯いて視線が合わなくなった。
「のんちゃん、本当にごめんなさい……」
結衣子先輩の震えた声は、澄んだ秋空に吸い込まれていった。
そして俺たちは校舎に戻り、教室に向かう。
「まさか本当に、あんなにあっさりと許しちゃうなんてね」
「だって……どんな罪でも、反省している人の謝罪を受け入れるわたしのほうが、好き、だから」
のんちゃんは少し言葉に迷いながら言った。
さっきの言葉、誰かに好かれるためのものじゃなかったのか。
その選択理由を聞いて、俺だけじゃなくて紘都も、喜びを隠しきれていない。
「……そっか。俺は、いいと思うよ」
紘都に同意を求めるように「な?」と視線をやると、紘都は「ああ」と微笑みながら言った。
すると、のんちゃんは照れるように笑みをこぼした。
満面の笑みとは違う、控えめな笑顔だけど、これも可愛らしい。
「やっぱり俺、のんちゃんのこと好きだわ」
改めて思ったことを言っただけなんだけど、のんちゃんはピタッと足を止めて、俺の顔を見てきた。
まだ、誰かの好意を受け入れるのは難しいらしい。
でも不思議と、それを寂しいとは感じない。
むしろ、ちょっと挙動不審なのんちゃんが見れて楽しい、なんて思うくらいだ。
「もう、からかわないでよ、碧羽くん」
俺が鼻で笑ったのを、そんなふうに受け取ったのんちゃんは、頬を膨らませて廊下を進んでいってしまった。
紘都にはしっかりと睨まれましたけど。
まあ、俺自身、すぐにのんちゃんとの関係性を変えたいわけじゃないし。
いつまでも、楽しそうに笑うのんちゃんの隣にいて、いつか、その意味が変わってくれたらなって思うくらいで。
長期戦上等。
俺たちの楽しい青春は、これからじゃんね。
翌日、少しだけ学校に行くのが怖かった。
なんというか、昨日はわかったふうにのんちゃんと話したけど、あれでよかったのかと、帰り道に何度も思った。
紘都が頼んできたこと、半分も達成されてないし……
まあ、俺にできることはやった。それは言い切れる、よな?
「あーもう……」
自然の音だけではどうしてもそればかり考えてしまうから、俺はワイヤレスイヤホンを耳につけ、音楽を流そうとスマホを手にした。
「碧羽くん?」
音楽を再生するよりも先に、俺の名前を呼ぶ声が後ろから聞こえた。
振り向くと、肩あたりで切りそろえられた髪を揺らすのんちゃんが立っている。その横には不愛想な紘都が……
「え、のんちゃん!?」
昨日まではロングだったのに、それがばっさりと切られていて、驚かずにはいられなかった。
髪の長さも変わって、トレードマークとも言えていたツインテールじゃなくなってるし。
自分でも感心してしまうくらい、綺麗に二度見をしてしまった。
でも、そうやって俺が大げさに反応したからか、のんちゃんは戸惑いながら笑った。
「変、かな」
しまった、反応を間違えた。
「全然! 超似合ってるよ」
すると、のんちゃんは照れた様子で「へへ」と笑った。
うん、笑顔は変わんないな。
のんちゃんは全部が作り物だって言ってたけど、昔の写真と比べても、のんちゃんの笑顔はやっぱり作り物ではないと思うんだよね。
まあ、それをのんちゃんが受け入れられるかは別だから、言わなかったけど。
いつか、そのことも受け入れられればいいな、なんて勝手に思うくらいはいいよな。
「のんね、短い髪もやってみたかったんだ」
そう語るのんちゃんを、紘都はこれまでにないくらい柔らかい眼で見つめていた。
俺の視線に気付くと、すんとした表情に戻ったけど。
こっちも相変わらず、難儀な奴だな。
そんなふたりを見ていると、思わず笑みがこぼれた。
もう、考えすぎることもないか。
そう思った俺は、イヤホンを外してのんちゃんの隣に立って一歩、踏み出した。
しかしまあ、昨日の今日だと会話が弾むわけもなく、俺たちはまた初対面に戻ったみたいに距離感を探りながら、校門をくぐった。
そして昇降口にたどり着いたときだった。
「のんちゃん」
控えめな声で呼び止めてきたのは、結衣子先輩だった。
彼女の姿を認識した途端、俺と紘都はのんちゃんの前に立った。
結衣子先輩は怯えたような目をしたけれど、そんなものは知らない。
「……貴方たちも一緒でいいから、少し話をさせてほしいの」
俺たちは互いに顔を見合わせ、そしてのんちゃんを見た。
まだあの日の恐怖が忘れられていないのか、のんちゃんは声も出ないみたいだ。
こんな状態で結衣子先輩と話すなんて、不可能に近い。
でも、このまま話さないままってのも、のんちゃんには良くない気がした。
「わかりました」
どうやら紘都も同じ考えらしい。先に言われてしまった。
にしても、微塵も慈悲がない、切り捨てたような言い方だな。
あの日、絶対許さないって言ってたし、当然の反応なのかもしれないけどさ。
のんちゃんがますます気にしちゃってんじゃん。下手くそめ。
俺はそんな怒りを込めて紘都を見ながら、結衣子先輩の後を追った。
俺たちが連れてこられたのは、体育館の裏。生徒会長が文化祭準備のときに椅子を並べていた場所だ。
結衣子先輩はくるりと身体の向きを変えると、その勢いのまま、頭を下げた。
「あんな酷いことをして、ごめんなさい」
数秒して顔をあげると、本当に申し訳なさそうにしている。
そんな顔をされても、結衣子先輩がしたことは消えないんですけどね。
「いいよ」
俺たちが警戒しているのとは裏腹に、のんちゃんの明るい声が響いた。
そうするだろうなとは思っていたけど、本当に言うとは。
紘都は呆れてため息までついている。
「いいの? のんちゃん」
倒れるくらい嫌なことだったんじゃないの?
「うん」
迷わず頷かれたら、じゃあいいか、としか思えないじゃん。
のんちゃんにあっさりと許され、結衣子先輩は安心したようで、戸惑っているように見えた。
もしかして、今の言葉も本心かどうか疑ってるとか?
それはさすがに、疑り深いにも程があるでしょ。
「結衣子センパイ、のんも、ごめんなさい」
そんな言葉が続くとは思わず、俺たちも驚いてのんちゃんを見た。
だけど、のんちゃんは俺たちのことなんて気にもせず、まっすぐに結衣子先輩と向き合っている。
「なんでのんちゃんが謝るの……?」
「だって、のん、結衣子センパイのこと悲しませちゃったから。のんが今まで結衣子センパイに言ってきたこともウソなんじゃないかって思ったから、あれを書いたんだよね?」
結衣子先輩は応えない。
「でもね、のん、本当に結衣子センパイの絵が好きなんだよ」
のんちゃんのその言葉は結衣子先輩に届いているようで、結衣子先輩の目が潤んでいるのが見えた。
「文化祭で飾ってた絵も、素敵だった」
「見て、くれたの……?」
のんちゃんが頷くと、結衣子先輩はますます自分がしたことの罪の重さを実感したのか、俯いて視線が合わなくなった。
「のんちゃん、本当にごめんなさい……」
結衣子先輩の震えた声は、澄んだ秋空に吸い込まれていった。
そして俺たちは校舎に戻り、教室に向かう。
「まさか本当に、あんなにあっさりと許しちゃうなんてね」
「だって……どんな罪でも、反省している人の謝罪を受け入れるわたしのほうが、好き、だから」
のんちゃんは少し言葉に迷いながら言った。
さっきの言葉、誰かに好かれるためのものじゃなかったのか。
その選択理由を聞いて、俺だけじゃなくて紘都も、喜びを隠しきれていない。
「……そっか。俺は、いいと思うよ」
紘都に同意を求めるように「な?」と視線をやると、紘都は「ああ」と微笑みながら言った。
すると、のんちゃんは照れるように笑みをこぼした。
満面の笑みとは違う、控えめな笑顔だけど、これも可愛らしい。
「やっぱり俺、のんちゃんのこと好きだわ」
改めて思ったことを言っただけなんだけど、のんちゃんはピタッと足を止めて、俺の顔を見てきた。
まだ、誰かの好意を受け入れるのは難しいらしい。
でも不思議と、それを寂しいとは感じない。
むしろ、ちょっと挙動不審なのんちゃんが見れて楽しい、なんて思うくらいだ。
「もう、からかわないでよ、碧羽くん」
俺が鼻で笑ったのを、そんなふうに受け取ったのんちゃんは、頬を膨らませて廊下を進んでいってしまった。
紘都にはしっかりと睨まれましたけど。
まあ、俺自身、すぐにのんちゃんとの関係性を変えたいわけじゃないし。
いつまでも、楽しそうに笑うのんちゃんの隣にいて、いつか、その意味が変わってくれたらなって思うくらいで。
長期戦上等。
俺たちの楽しい青春は、これからじゃんね。



