嘘が溢れた世界で、君だけは真実を見つめていた

 二日間実施された文化祭は、大盛況だった。たくさんの地域の人が訪れ、最後の後夜祭まで賑やかなままだった。
 だが、その片隅で悲しい事件が起きていたことを知っている人は、ほとんどいない。
 さすがに教員には洗いざらい伝えたが、生徒には言わなかった。
 というのも、どれだけ俺たちがあの人のことを許せなくても、のんちゃんはあの人が不特定多数の人たちに責められることは望んでいないだろうから。
 だから俺たちは、事件が起きたこと、そしてその真相を、隠すことに決めた。
 まあ、三年生、特に生徒会長たちのクラスではどうするのか、知らないけど。
 そして文化祭の振替休日が終わった今日。

「花音ちゃん、今日も休みなのかな」
「あー……文化祭初日に倒れたんだっけ」
「そうそう。あんなに楽しみにしてたのにね……」

 昇降口で靴を履き替えていると、女子ふたりがそんな会話をしながら通っていった。
 のんちゃんが倒れたことは心配みたいだけど、どうして倒れたのかは、気にならないらしい。
 まあ、他人との距離と考えると、そんなものだろう。
 俺だって、のんちゃん以外の女子が倒れたって知ったら、ほんの一瞬くらいは、大丈夫かなって思うけど、それ以上はなんとも思わないし。
 もっと言えば、倒れたことを忘れてしまうだろうな。
 自分の最低さに乾いた笑いをこぼし、俺も自分の教室に向かった。

「あ、芳村!」

 教室に入ろうとしたとき、慌てた声に引き止められた。
 振り向くと、ちょうど矢野が駆け寄ってきている。そして俺の前まで来ると、矢野は俺の背中を押して窓際に移動した。

「あれ、どうなった?」
「あれ?」

 あまりにもふわっとした言い回しだったから問い返すと、矢野は周りの様子を気にして、口元に手をやった。

「葛城さんのことだよ」

 そういえば矢野だけは、付箋の存在を知ってるんだった。
 あの日と変わらず、矢野は心配と後悔が入り交じったような顔をしている。
 紘都が気にするなと言ったところで、自分を責める気持ちは治まらなかったか。

「大丈夫、大丈夫。そのうち元気に登校してくるって」

 極力明るく言ってみたが、矢野の表情は変わらない。
 それどころか、適当に言ってる感じが出たのか、睨まれる始末。
 わりと本気で言ってるんだけど、納得はできないか。

「あー……」

 どう説明したものか。
 俺は右手で頭を掻きながら、当たり障りない言い回しを考える。

「……犯人はもうわかったし、あとは謝ってもらうだけだから」

 まあ、謝って済むようなことじゃないけどな。
 と言葉を飲み込んでいると、矢野は「そっか」と少し安心したような表情で言った。
 でも、まだ気にしている様子は変わらない。
 矢野が自分を責める必要なんて、どこにもないのに。

「とにかく、矢野のしたことはファインプレーだったんだし、そんなに気に病むなって。な、紘都」

 ちょうど登校してきた紘都に同意を求めたのはいいが、いきなりだったこともあり、顔を顰められた。
 だが、俺の話し相手が矢野だとわかると、すぐになんのことか察したらしい。紘都は軽く頷いた。

「今日葛城さんは……」
「休み。でもそれは、矢野があの付箋を見せたからじゃない。ああいうことを書かれたことがショックだったからだ」

 気遣いもなにもない、ただの事実として、紘都は言った。
 だからこそ、矢野はまだ納得できない部分はありながら、首を縦に振ることができたように見えた。

「葛城さん、また元気に来れるといいな」

 矢野はそう言って、教室に入っていった。
 あ、付箋のこと、口止めするの忘れてた。
 まあ、あれだけ気にしてくれてるし、矢野ならむやみやたらと言いふらしたりはしないか。

「おい」

 俺も教室に入ろうとしたら、随分と威圧的な声に引き止められた。

「なんだよ」

 久々に喧嘩腰で声をかけられ、俺もむっとした声になってしまった。

「今日の放課後、暇だよな」

 お前の予想通り暇だけど、そうやって言い切るのはどうなんですかね。
 やっぱ喧嘩売ってんのか。
 なんて苛立ちを覚えたが、紘都の視線が少しずつ下がっていったことで、俺は強く言い返せなかった。

「……たぶんもう、お前の言葉しか届かない」

 一瞬、なんの話しをしているのか、わからなかった。
 だけどすぐに、それがのんちゃんのことだと理解した。

「え、そんなにヤバいの?」
「部屋から出てこない」
「……マジか」

 冗談でそんなことを言うような奴ではないとわかっているが、あののんちゃんが引きこもっているなんて、ちょっと信じられない。

 ——お前なら、と小さな希望を抱いているだけだ。

 でも、あのときの紘都の言葉からして、紘都はいつかこうなることを予測していたのかもしれない。

「……わかった。放課後な」

 俺は紘都の「助かる」と聞こえそうにない声を背中に受け、教室に入った。