放課後、廊下の窓から差し込む夏の夕日を浴びながら、職員室へと向かう。引き戸を開けると真っ先に羽美先生が私に微笑みかけてくれた。
「やっほー」
先生に会うのは、八月十八日に旅から帰ってきて以来、初めてだった。
二学期が始まり、先生は夏休みに生徒と二人で長期旅行に出かけたことが問題視され、一週間、出勤停止処分を受けたそうだ。
羽美先生と私が旅に出ていたという噂は学校中で広まっていて、名前も知らない他学年の生徒からじろじろと見られることもある。そろそろ収まってきたものの、登下校中に「あ」と私をじっと見てくる生徒がいると、大抵は私の旅の件を知っている人だと気づく。
その瞬間、消えたくなることもあるけれど、先生と旅に出たことを後悔はしていない。
ただ、先生はそれ相応の処分を受けてしまったので、先生に対して申し訳ない気持ちはあった。
「国語科の資料室で話そっか」
固まったまま動けないでいる私に、羽美先生はポケットから鍵を取り出して、私の目の前で鍵を揺らして見せた。私は自然に「はい」と頷く。
久しぶりに会った先生は、以前と変わらず明るく生徒想いの先生だった。この短期間で変わるはずなんてないのに、先生が出勤できないでいる間、なんだか先生がものすごく遠い世界に行ってしまったような気がしていた。
「失礼します」
国語科資料室はとても馴染みのある場所だ。先生から、放課後に何度も手話で授業をしてもらったから。だけど、そんな日常はもう来ない。私は羽美先生から手話で授業を教わらなくても、日中の授業を普通に受けることができるようになったから。
その事実が、間違いなく私の胸に淋しさをもたらした。
「先生、もう出勤しても大丈夫なんですか?」
私は先生に当たり障りのない質問をする。先生は私に、資料室の真ん中のテーブル席に座らせた。先生は私の正面に腰掛ける。いつもの放課後の授業スタイルとまったく同じ配置なのに、胸のざわめきが止まらない。
「大丈夫。他の先生たちが庇ってくれて、意外と軽くて済んだんだー」
先生が「軽くて」というのは、罪の重さの話だろう。
私はごくりと唾を飲み込んでから「すみませんでした」と頭を下げた。
「なんで青葉ちゃんが謝るのよ」
「へ?」と眉を持ち上げて、心底不思議そうに目を丸くする先生。
「だって、私のせいで先生が怒られたから」
「いや、それは違うでしょ。元はといえば私が始めたことなんだし」
「それはそうかもしれないですけど! でも私が先生とのツーショットをSNSに投稿なんてしたから——」
「ストップ」
感情があふれて止まらない私に、先生は右手のひらで制止のポーズを取る。
まるで、それ以上話すなと私に諭しているようで、私は瞳の端に涙がじわじわと込み上げてきた。こぼれないように、腕で目尻を拭う。それでも視界が滲んできて、先生が「はい」とティッシュを渡してくれた。
「私さ、本当はこの夏で教師を辞める予定だったの」
「えっ」
突然、信じられないことをぶっこんでくる先生。ティッシュで涙を拭き、おまけにずずっと鼻も啜ったあと、私はまじまじと先生を見つめてしまう。
「律のこともあって、このまま、生徒の人生を決めてしまうかもしれない責任重大な仕事を続けてもいいのか、迷っててね……旅のことが問題視されたらどのみちクビになるかも、とも思ってたし」
「だから、先生は私に……」
私の助けはもういらないね、なんて突き放すようなことを言ったんだ。
私は唖然とした気持ちで先生を見つめていた。先生は「あ、安心して」とにっこりと笑う。
「辞めるのは、なしにしたから。もう少し、生徒たちのことを見ていたいって思えたから。それもこれも、一緒に旅をしてくれた青葉ちゃんのおかげかな」
先生が、やさしい瞳で私に笑いかける。その言葉は確かに嬉しいのに、どこかに哀愁のようなものが漂っていて、胸が軋んだ。
「やっほー」
先生に会うのは、八月十八日に旅から帰ってきて以来、初めてだった。
二学期が始まり、先生は夏休みに生徒と二人で長期旅行に出かけたことが問題視され、一週間、出勤停止処分を受けたそうだ。
羽美先生と私が旅に出ていたという噂は学校中で広まっていて、名前も知らない他学年の生徒からじろじろと見られることもある。そろそろ収まってきたものの、登下校中に「あ」と私をじっと見てくる生徒がいると、大抵は私の旅の件を知っている人だと気づく。
その瞬間、消えたくなることもあるけれど、先生と旅に出たことを後悔はしていない。
ただ、先生はそれ相応の処分を受けてしまったので、先生に対して申し訳ない気持ちはあった。
「国語科の資料室で話そっか」
固まったまま動けないでいる私に、羽美先生はポケットから鍵を取り出して、私の目の前で鍵を揺らして見せた。私は自然に「はい」と頷く。
久しぶりに会った先生は、以前と変わらず明るく生徒想いの先生だった。この短期間で変わるはずなんてないのに、先生が出勤できないでいる間、なんだか先生がものすごく遠い世界に行ってしまったような気がしていた。
「失礼します」
国語科資料室はとても馴染みのある場所だ。先生から、放課後に何度も手話で授業をしてもらったから。だけど、そんな日常はもう来ない。私は羽美先生から手話で授業を教わらなくても、日中の授業を普通に受けることができるようになったから。
その事実が、間違いなく私の胸に淋しさをもたらした。
「先生、もう出勤しても大丈夫なんですか?」
私は先生に当たり障りのない質問をする。先生は私に、資料室の真ん中のテーブル席に座らせた。先生は私の正面に腰掛ける。いつもの放課後の授業スタイルとまったく同じ配置なのに、胸のざわめきが止まらない。
「大丈夫。他の先生たちが庇ってくれて、意外と軽くて済んだんだー」
先生が「軽くて」というのは、罪の重さの話だろう。
私はごくりと唾を飲み込んでから「すみませんでした」と頭を下げた。
「なんで青葉ちゃんが謝るのよ」
「へ?」と眉を持ち上げて、心底不思議そうに目を丸くする先生。
「だって、私のせいで先生が怒られたから」
「いや、それは違うでしょ。元はといえば私が始めたことなんだし」
「それはそうかもしれないですけど! でも私が先生とのツーショットをSNSに投稿なんてしたから——」
「ストップ」
感情があふれて止まらない私に、先生は右手のひらで制止のポーズを取る。
まるで、それ以上話すなと私に諭しているようで、私は瞳の端に涙がじわじわと込み上げてきた。こぼれないように、腕で目尻を拭う。それでも視界が滲んできて、先生が「はい」とティッシュを渡してくれた。
「私さ、本当はこの夏で教師を辞める予定だったの」
「えっ」
突然、信じられないことをぶっこんでくる先生。ティッシュで涙を拭き、おまけにずずっと鼻も啜ったあと、私はまじまじと先生を見つめてしまう。
「律のこともあって、このまま、生徒の人生を決めてしまうかもしれない責任重大な仕事を続けてもいいのか、迷っててね……旅のことが問題視されたらどのみちクビになるかも、とも思ってたし」
「だから、先生は私に……」
私の助けはもういらないね、なんて突き放すようなことを言ったんだ。
私は唖然とした気持ちで先生を見つめていた。先生は「あ、安心して」とにっこりと笑う。
「辞めるのは、なしにしたから。もう少し、生徒たちのことを見ていたいって思えたから。それもこれも、一緒に旅をしてくれた青葉ちゃんのおかげかな」
先生が、やさしい瞳で私に笑いかける。その言葉は確かに嬉しいのに、どこかに哀愁のようなものが漂っていて、胸が軋んだ。



