傷だらけの私たちの#五感の旅 ーあの日閉じ込めた心の声ー

「詩織、梨花、話があるの」

 かつて親友だった二人に話しかけたのは、二学期が始まって一週間が経った頃だ。
 始業式の日から何度も話しかけようと試みたけれど、違うクラスということもあり、二人になかなか声をかけることができなかった。でも、一週間が経ち心の整理が済んだ今、ようやく二人が所属する二年六組の教室へと足を運ぶことができた。

 昼休み、仲良くお弁当を食べていた詩織と梨花が一斉に振り返る。私はドキドキと最高潮に心臓が脈打っているのを感じながら、二人の返事を待った。

 詩織も梨花もびっくりして目を丸くしたあと、アイコンタクトで「どうする?」とお互いの意思を確認しているようだった。

「べつに、いいけど。場所移そうか?」

 詩織からの返事にまずは心がほっとした。場所を移そうという提案もありがたく、お弁当を食べていた二人はお箸を置いて、お弁当箱に蓋をする。

「急に押しかけてごめん。お昼、途中だったのに」

「いやそれはいいよ。てか青葉、耳治ったんだ」

 梨花が、私が自然に言葉を発していることに驚いた声を上げた。詩織も、「そういえばそうだ」と言わんばかりに「治ったんだね」と頷いた。

「うん。おかげさまでね」

 三人で、ひと気のない四階の廊下までたどり着く。ここなら誰かが通りかかることも少ないし、ゆっくり話せそうだ。

「で、突然どうしたの。話したいことってなに?」

 詩織が早速本題に切り込んでくる。前置きをしている時間もないので、私はすっと息を吸った。

「二人に、言えてなかったことがあって……。私、中学の頃に二人が私のことなんとなく疎ましく思ってるのに気づいて、自分から距離を置いちゃったんだよね」

 心の声が聞こえた、などということはさすがに信じてもらえないだろうから、少しだけ嘘を交えながら話した。でも、二人が私に対して抱いていた負の感情は感じ取っていたから、完全な嘘ではない。

 詩織と梨花がはっと瞳を瞬かせる。心当たりがあるのだろう。私は決して二人を責めたいわけではなかったので「いや、怒ってるわけじゃないの」と慌てて手のひらを振った。

「私が、二人に対して失礼な態度とったこともあったのかなって……。今更気づいて、申し訳ないと思って、後悔したんだ」

“青葉って可愛くないくせに、成績がいいからって調子に乗ってる”

“勉強も運動も頑張ってますアピール? うざー”

「二人が遊びに誘ってくれたのに“勉強したいから”って断ったことがあったよね。もうちょっと言い方があったんじゃないかって思って、申し訳なかったなって。本当に、ごめんなさい」

 私は二人の心の声に確かに傷つけられたけれど、その前に私自身が、二人を傷つけたのかもしれないと思い至ったのだ。
 詩織と梨花は私の話を聞いて、二人して気まずそうに目を泳がせる。しばらく沈黙が私たちの間を流れて、言わないほうが良かったかなと、ちょっぴり後悔しかけた。でも、咄嗟に羽美先生の顔が浮かんで後悔を振り払う。
 私は自分の“心の声”に耳を傾けて、二人にあのときの気持ちをぶつけたい。
 前に進むために、そうすると決めたんだ。
 
 二人の息遣いが交互に聞こえて、やがて二人が同時に息を吸うのが分かった。

「うちらも……その、ごめん」

「青葉の成績が良くて普通に嫉妬してたの。だから意地悪なことも、確かに考えてた」

 二人の瞳がみるみるうちに潤んでいく。私に対して心の底から申し訳ないと思っているのが伝わってきた。

「青葉がうちらとは違う存在なんだって分かって、青葉にとってもうちらとは一緒にいないほうがいいんじゃないかって……」

「でもそれが、青葉を傷つける理由にはならないよね。だからこっちこそ今更だけど、ごめんね」

 詩織も梨花も、気まずそうに顔を歪めながら素直に謝ってくれた。私は、二人に無理やり謝らせてしまったような気がして、逆に申し訳なくなる。

「ううん。きっと私が二人に対して空気を読んでなかった部分が大きかったと思う。だから私たち、お互い様ということで。話を聞いてくれてありがとう」
 
 私は、大事な時間を割いて私の話を聞いてくれた二人にぺこりと頭を下げる。
「友達に戻ろう」なんて、簡単には口にできない。二人だって、今更私と仲良くしたいとは思わないだろうし、私も二人とは違う人生を歩き始めた。
 だから言わないのだ。
 無理して友達に戻らなくてもいい。 
 先生が「青葉ちゃんの自由だよ」と言ってくれた言葉が今、私の生きる道標になっている。

 私は、呆けたように立ち尽くす二人にくるりと背を向けて歩き出した。
 ここが私の出発点。閉じ込めていた“心の声”を解放して、新たな道へ進むのだ。

「青葉!」

 不意に後ろから、詩織が私の名前を読んだ。すかさず梨花も「青葉」と私を呼び止める。
 私は、振り返らずにその場でぴたりと足を止めた。

「青葉……また気が向いたらさ、三人でカラオケにでも行かない?」

「うん。あとテスト勉強一緒にしよ。私、英語がめちゃくちゃ苦手で……青葉に教えてほしい」

 二人の切実な言葉が、不安げに揺れる息遣いが、私の背中にぶつけられた。身体に電撃が駆け抜けるような衝撃を覚えて、私は思わず振り返る。

「青葉が、嫌じゃなければ」

 詩織が一言、そう付け加える。
 自由に選んでいいよ。
 詩織と梨花からもそう言ってもらえている気がして、私はふっと頬を緩めた。

「うん。また考えさせてもらえる?」

「いいよ、いつでも。私たちはいつでも待ってる」

「ありがとう、二人とも」

 簡単なことだった。自分の“心の声”を——本音を相手にぶつけたら、前より相手のことを知ることができる。だけど、その簡単なことが、私は先生と旅に出るまでずっとできなかった。
 きっと二人も一緒だったのだ。
 言いたいことが心の中でくすぶっていて、実際に口にするのはとても難しいことだった。
 だからあんなふうに心の中で私の愚痴を吐いて、心の均衡を保っていたのかもしれない。
 そう思うと、私たちは似た者同士だったのだと気づいて、嬉しくなる。
 もう他人のネガティブな心の声は聞こえない。
 私に聞こえるのは、自分の中の本音と、大切な人が伝えてくれる本当の気持ちだけだ——。