傷だらけの私たちの#五感の旅 ーあの日閉じ込めた心の声ー

 私たちは四階のレストランで食事を済ませ、そのまま水族館を後にした。お土産にジンベイザメのぬいぐるみストラップを買った私と先生は、お互い鞄につける。旅の中で、先生とお揃いのものがたくさん増えて、心がほくほくとしていた。
 十四時、再びバスに乗って、恩納村へと向かう。一時間四十分ほどかけて夕方ごろ、ホテル近くの恩納村へと戻ってきた。
 恩納村は西海岸にある村で、リゾート地。多くのビーチが連なっていて、ダイビングをしたり、絶景スポットを見学したりできる。まさに沖縄らしい風景が広がっていて、泊まっているホテルもこのエリアに属していた。
 今日はあまり時間が残っていないので、先生と一緒に恩納村の景色を楽しむことに。

「ビーチからの景色、めちゃくちゃ綺麗だねえ」

 万座ビーチ海浜と呼ばれるビーチで、沈みかけている夕日を見ながら景色を堪能する。夕焼け空が海の青を橙色に染めていく。水面に反射する光には郷愁が漂っていて、初めて見る風景なのにと、不思議な気分に浸っていた。

「先生とこんな景色を見られるなんて、人生捨てたもんじゃないですね」

「ふふっ、そういうセリフは好きな人と一緒の時に言うもんでしょ」

「いいんです。今の私が好きなのは先生だから」

「それって“人として好き”ってことでしょ〜。華の女子高校生めっ」

 先生がケタケタ笑いながら私をからかう。旅の最中に「好きな人いないの?」と散々私を茶化してきたけれど、先生はべつに、女子高校生だからって恋をするべきだなんて説教くさいことは言わない。単に興味があってそう聞いてくるだけで、無理やり恋バナにつなげようとしないところが好きだった。

「はい、人として大好きです」

「……もう、なんか照れるじゃん」

 いくら恋愛的な意味ではないとはいえ、「大好き」と言った私も、言われた先生も恥ずかしくなってお互いに顔を背ける。本当に恋をしているような気分にもなって、胸の鼓動がどんどん速くなっていった。
 だめだ、私。やっぱり先生のことめちゃくちゃ好きじゃん。
 恋ではないと気づいているのに、恋かもしれないと思うほどに、私は先生を心の底から好きでいる。だからこそ、先生には悲しい顔をしてほしくないし、本当の自分を押し込めてほしいとも思わない。

「羽美先生」

 不意に先生に呼びかける。先生が「なに?」と振り返った瞬間、その表情がはっと固まったのが分かった。
 そうか。そろそろだったか。
 私はゆっくりと、先生が視線を留めている方向を見やる。
 私の背後、十メートルほど向こうで、二人の男性がゆっくりとこちらに向かって歩いてきているのが分かった。

 私は二人に向かって、ちょこんと頭を下げる。一人の男性が——翠川晶が「よう」と片手を挙げて、白い歯を見せて笑う。それから、手話で「久しぶり」と挨拶をしてくれた。

「お久しぶりです、晶くん」

 私より三つ年上の彼、晶くんが「この前ビデオ通話したから久しぶり感ないけどな」と笑いながら言う。

「って、青葉ちゃん、なんで喋れるの!? もしかして耳、聞こえるようになったの?」
 
 私がナチュラルに言葉を発したのに今気づいたのか、晶くんは大仰に驚いてみせた。

「実は、そうなんです。先日聞こえるようになりました」

「うわ、まじかー。知らなかった。ていうか声、初めて聞いたし。何はともあれ、おめでとう」

 そうか。言われてみれば、晶くんに声で話しかけたのは初めてかもしれない。先生には耳が聞こえない時も時々声を発していたから、それほど違和感を抱かれなかったのかも。
晶くんから「おめでとう」と言われて、素直に嬉しかった。私は、「ありがとうございます」と頭を下げる。
 
 私たちのやりとりを側から見ていた羽美先生は、瞠目したまま動かない。先生の視線は、晶くんと一緒にいるもう一人の人物に釘付けになっていた。

「なんで……」

 先生の声が分かりやすいくらいに震えている。吐息を吐くように、「律」と小さく呟いた声が、季節外れの雪のように儚く消えていく。

「律が、どうしてここに」

 晶くんと一緒にいる三十歳ぐらいの男性——それは、間違いなく晶くんの兄、翠川律だった。
 律さんは短髪で大学生らしい髪型をした晶くんとは違い、長い髪の毛を無造作に後ろへ風になびかせていた。うっすらと生えた髭も、今朝急いで手入れしてきたような感じがする。先生の思い出話から想像していた“律さん”は、どちらかといえば晶くんのように爽やかな青年というイメージだったので、想像とのギャップに私は内心驚いていた。

 だが、それは羽美先生も一緒だったようだ。
 むしろ、先生のほうが「本当に、律なの……?」と律さんを疑っている。目の前にいる男は間違いなく律さんであるはずなのに、先生は幻でも見ているかのように、律さんに驚愕に満ちたまなざしを向けた。