「先生、私、まだ」
「青葉ちゃん。『旅カード』には“十五日間の《心の声を聞く旅》に出よ”って書いてあったよね。今日がその十五日目。だからこれで、旅は終わりだね?」
先生の声が、心なしか震えているような気がしてはっと先生の顔を見た。
終わりだよ。
東京へ帰ろう。
先生の目がそう語っている。
確かに、十五日間の旅を通して、私は自分の“心の声”に十分耳を傾けることができたと思う。無音だった私の世界には音が戻り、ネガティブな心の声も、大阪で聞こえてからは一度も耳にしていない。先生との優しい時間の中で、私は自分の心の声を閉じ込めていた過去を反省し、自分らしく生きていいんだと思い直せた。
だからもう、本来なら旅を終えても大丈夫なはずだ。
そう思うのだけれど、先生の心の傷を聞いてしまった今、スルーするわけにはいかない。
私にはまだ、やならくちゃいけないことがあるのだ。
「あっ」
私は、足元の靴紐が解けていることに気づき、椅子に座りながら靴紐を結ぶ体勢になった。そしてそのまま、ベンチの裏に手を伸ばす。
「先生」
私は、伸ばした手を再び引いて、先生の前にあるものを差し出した。
「青葉ちゃん、それ……」
私の手に握られていたのは、空色の封筒だった。
ただし、いつも先生が見つけていた封筒とは若干色味が違う。
「なんで青葉ちゃんが、封筒を——」
驚きに眼を見開いている先生を尻目に、私は無言で封筒を開く。中に入っていたのは紛れもなく、これまで先生が私に見せてくれた『旅カード』だ。
『旅カードNo.15』——目的地は、沖縄。
広島にいる時に、私が一から手作りしたものだった。
あの日、広島で先生の胸の内を知った私は、居ても立ってもいられなくなり、ある計画を思いついた。
それは、新しい『旅カード』を作ること。
駅前の百円ショップで、いつも見ている空色の封筒と同じような封筒を探したのだが、まったく同じものは見つからなかった。限りなく本物に近い色をした封筒を選び、中に入れる『旅カード』用の厚紙と、ペンを買った。
「『旅カード』を用意してくれていたのは、先生だったんですよね? No.1からNo.14まで、全部先生が用意してくれたものだった」
先生と五感の旅をしながら、ずっと不思議に思っていたことがあった。
いつも、『旅カード』の入った空色の封筒は、私たちが行く先々で先生が見つける。最初は「不思議なこともあるもんだな」と思っていたのだが、よくよく考えれば、そんな都合の良い話があるはずがない。もし本当に、封筒が日本全国各地にもともと隠されていたものならば、私たち以外の誰かが先に手にしてしまう可能性だってある。
でもそうならずに、毎回きちんと先生が見つけていた理由は。
「先生が仕掛け人だったから。先生は、あたかもその場で封筒を見つけたかのような反応をして、タイミングを見計らって私の前に出していたんですよね。あらかじめ用意しておいた封筒を鞄や衣服の中に隠しておけば、いつでも取り出せますし」
封筒が見つかるのは、お土産物屋さんの棚や、レストランのメニュー表の間、道端や木の枝など、いつも私たちの手が届く場所だった。最初から全部、先生の自作自演だったと考えれば納得できる。
一番最初に私の家のポストに入っていたのも、先生がやったのだろう。あるいは、私の両親にあらかじめ渡しておいて、両親が入れたかの、どちらかだ。
「思えばこの旅自体、変だと思ったんです。いくら羽美先生がいるとはいえ、うちの親があっさり十五日間も旅に出ていいと許可したことが。お金だってぽんと出してもらえました。まるで最初から私が旅に行くと知っていたみたいに。何十万もかかるのに、普通そんなに簡単に許してもらえないです」
ドキドキしながら両親に旅のことを話した時、あまりにもあっさりと許可が出たので拍子抜けしたことを思い出す。
あの時も変だとは思ったけど、そこまで深く考えることはなかった。
でも今思えば、羽美先生とうちの両親はグルだったのだ。
そして、私が最初の手紙を自習室で開けているのを見た時、先生は計画がうまく進むように真っ先に私に声をかけてきたのだ。
——ねえねえ、もうすぐ夏休みだし、よかったら私と一緒に旅行に行かない?
「先生は私を旅に誘い出すことに成功して、計画通り、#五感の旅が始まったわけです。途中、『旅カード』の目的地についてやたら詳しかったのも、“ジェラート”やら“おやつ”やら、先生が好きそうなものばかり書かれてたのも、先生が仕込んだことだから当たり前ですよね」
「青葉ちゃん。『旅カード』には“十五日間の《心の声を聞く旅》に出よ”って書いてあったよね。今日がその十五日目。だからこれで、旅は終わりだね?」
先生の声が、心なしか震えているような気がしてはっと先生の顔を見た。
終わりだよ。
東京へ帰ろう。
先生の目がそう語っている。
確かに、十五日間の旅を通して、私は自分の“心の声”に十分耳を傾けることができたと思う。無音だった私の世界には音が戻り、ネガティブな心の声も、大阪で聞こえてからは一度も耳にしていない。先生との優しい時間の中で、私は自分の心の声を閉じ込めていた過去を反省し、自分らしく生きていいんだと思い直せた。
だからもう、本来なら旅を終えても大丈夫なはずだ。
そう思うのだけれど、先生の心の傷を聞いてしまった今、スルーするわけにはいかない。
私にはまだ、やならくちゃいけないことがあるのだ。
「あっ」
私は、足元の靴紐が解けていることに気づき、椅子に座りながら靴紐を結ぶ体勢になった。そしてそのまま、ベンチの裏に手を伸ばす。
「先生」
私は、伸ばした手を再び引いて、先生の前にあるものを差し出した。
「青葉ちゃん、それ……」
私の手に握られていたのは、空色の封筒だった。
ただし、いつも先生が見つけていた封筒とは若干色味が違う。
「なんで青葉ちゃんが、封筒を——」
驚きに眼を見開いている先生を尻目に、私は無言で封筒を開く。中に入っていたのは紛れもなく、これまで先生が私に見せてくれた『旅カード』だ。
『旅カードNo.15』——目的地は、沖縄。
広島にいる時に、私が一から手作りしたものだった。
あの日、広島で先生の胸の内を知った私は、居ても立ってもいられなくなり、ある計画を思いついた。
それは、新しい『旅カード』を作ること。
駅前の百円ショップで、いつも見ている空色の封筒と同じような封筒を探したのだが、まったく同じものは見つからなかった。限りなく本物に近い色をした封筒を選び、中に入れる『旅カード』用の厚紙と、ペンを買った。
「『旅カード』を用意してくれていたのは、先生だったんですよね? No.1からNo.14まで、全部先生が用意してくれたものだった」
先生と五感の旅をしながら、ずっと不思議に思っていたことがあった。
いつも、『旅カード』の入った空色の封筒は、私たちが行く先々で先生が見つける。最初は「不思議なこともあるもんだな」と思っていたのだが、よくよく考えれば、そんな都合の良い話があるはずがない。もし本当に、封筒が日本全国各地にもともと隠されていたものならば、私たち以外の誰かが先に手にしてしまう可能性だってある。
でもそうならずに、毎回きちんと先生が見つけていた理由は。
「先生が仕掛け人だったから。先生は、あたかもその場で封筒を見つけたかのような反応をして、タイミングを見計らって私の前に出していたんですよね。あらかじめ用意しておいた封筒を鞄や衣服の中に隠しておけば、いつでも取り出せますし」
封筒が見つかるのは、お土産物屋さんの棚や、レストランのメニュー表の間、道端や木の枝など、いつも私たちの手が届く場所だった。最初から全部、先生の自作自演だったと考えれば納得できる。
一番最初に私の家のポストに入っていたのも、先生がやったのだろう。あるいは、私の両親にあらかじめ渡しておいて、両親が入れたかの、どちらかだ。
「思えばこの旅自体、変だと思ったんです。いくら羽美先生がいるとはいえ、うちの親があっさり十五日間も旅に出ていいと許可したことが。お金だってぽんと出してもらえました。まるで最初から私が旅に行くと知っていたみたいに。何十万もかかるのに、普通そんなに簡単に許してもらえないです」
ドキドキしながら両親に旅のことを話した時、あまりにもあっさりと許可が出たので拍子抜けしたことを思い出す。
あの時も変だとは思ったけど、そこまで深く考えることはなかった。
でも今思えば、羽美先生とうちの両親はグルだったのだ。
そして、私が最初の手紙を自習室で開けているのを見た時、先生は計画がうまく進むように真っ先に私に声をかけてきたのだ。
——ねえねえ、もうすぐ夏休みだし、よかったら私と一緒に旅行に行かない?
「先生は私を旅に誘い出すことに成功して、計画通り、#五感の旅が始まったわけです。途中、『旅カード』の目的地についてやたら詳しかったのも、“ジェラート”やら“おやつ”やら、先生が好きそうなものばかり書かれてたのも、先生が仕込んだことだから当たり前ですよね」



