「ねえねえ、もうすぐ夏休みだし、よかったら私と一緒に旅行に行かない?」
(へ……?)
思わず素っ頓狂な声が口から漏れそうになるが、難聴の私は心の中で呆ける。
「いいじゃん! 青葉ちゃん、どうせ夏休みはお家で勉強ばかりする予定だったんでしょ? 先生と旅の思い出でもつくろうよ〜」
教師としてあるまじきセリフをさらりと言ってのける先生は、やっぱり先生というよりお姉ちゃん——いや、友達みたいな人だ。
私は、心の中で「はあ」とため息をつきながらも、どこかで先生と同じように「面白そう」と思っている自分がいることに気づいた。
この手紙も、『旅カード』も“#五感の旅”というのも何が何なのかさっぱりよく分からないけれど。
私は羽美先生のことが好きだ。
先生は耳の不自由な私にも授業が分かるように、親身になって対策を練ってくれた。
『私、手話を勉強したからさ、放課後に他の授業も教えてあげられるよ』
一年生の六月ごろ、二者面談の際に先生がさらりとそう言ってくれた日のことを思い出す。
『どういうことですか?』
『そのままの意味。私が青葉ちゃんに、放課後に全教科教える』
そんなことできるはずないじゃないか——と最初は遠慮したのだが、先生は『私、こう見えて賢いからね? 大丈夫〜!』と言って、本当に放課後のレッスンを開始した。私は最初、半信半疑だったのだが、先生が実際に手話を使いながら私に主要科目の勉強をすべて教えてくれる姿を見て、呆気にとられていた。
それ以来、私は先生から国語科資料室で特別レッスンを受けた。
他の先生の声は低い唸り声のようにしか聞こえないから、授業中はノートを取ることに集中して、放課後に国語科資料室で羽美先生から授業内容の要点を教わった。羽美先生の声だけは不思議と聞こえるからなせるわざだ。
先生は自分の専門科目以外の科目も私に教えるために勉強をしなくちゃいけなくなるので、私は『さすがに迷惑じゃないですか?』と問いかけた。
でも羽美先生は私の心配をよそに、『勉強って脳トレになるからさ、老化防止にちょうどいいんだって』とへらりと笑いながら答えた。
だけど本当は、先生がめちゃくちゃ朝早く学校に来て授業の準備をして、余った時間に全教科の勉強をしてくれていることを知っていた。それでいて、生徒とこまめにコミュニケーションを取っている。その姿が私にはまぶしくて、胸が締め付けられるぐらい、嬉しかった。
そんな先生の努力の甲斐あって、私は今まで落ちこぼれずに良い成績を保ったまま高校二年生でいられている。
「いいでしょ、旅行行こうよ〜」
先生が猫みたいに私に擦り寄る。私は「先生となら……」とすでに心が傾きかけていた。
「行きたいです」
手話でそう伝えると、先生の顔がぱあっと華やかに色づく。
「そう言ってくれると思った! じゃあ早速準備しよう!」
「準備? ちょっと待ってください。両親に相談しないと——」
手話でそう言いながら気づく。
そうだ。いくら夏休みとはいえ、十五日間の旅に出るなんて、両親が許してくれるはずがない。時間はあっても、じゃあお金は? 十五日間も外泊して、交通費や宿泊費がどれだけ大きな金額になるのか想像がつかなかった。
肝心なことに思い至りあたふたと冷や汗を浮かべていると、先生が「大丈夫」と根拠のない自信を振りかざして「ご両親なら許してくれるよー」と呑気にのたまった。
いやいや、さすがに無理でしょ。
と心の中でツッコミつつ、いかにして両親を説得するか、頭の中はそれでいっぱいになっていた。
(へ……?)
思わず素っ頓狂な声が口から漏れそうになるが、難聴の私は心の中で呆ける。
「いいじゃん! 青葉ちゃん、どうせ夏休みはお家で勉強ばかりする予定だったんでしょ? 先生と旅の思い出でもつくろうよ〜」
教師としてあるまじきセリフをさらりと言ってのける先生は、やっぱり先生というよりお姉ちゃん——いや、友達みたいな人だ。
私は、心の中で「はあ」とため息をつきながらも、どこかで先生と同じように「面白そう」と思っている自分がいることに気づいた。
この手紙も、『旅カード』も“#五感の旅”というのも何が何なのかさっぱりよく分からないけれど。
私は羽美先生のことが好きだ。
先生は耳の不自由な私にも授業が分かるように、親身になって対策を練ってくれた。
『私、手話を勉強したからさ、放課後に他の授業も教えてあげられるよ』
一年生の六月ごろ、二者面談の際に先生がさらりとそう言ってくれた日のことを思い出す。
『どういうことですか?』
『そのままの意味。私が青葉ちゃんに、放課後に全教科教える』
そんなことできるはずないじゃないか——と最初は遠慮したのだが、先生は『私、こう見えて賢いからね? 大丈夫〜!』と言って、本当に放課後のレッスンを開始した。私は最初、半信半疑だったのだが、先生が実際に手話を使いながら私に主要科目の勉強をすべて教えてくれる姿を見て、呆気にとられていた。
それ以来、私は先生から国語科資料室で特別レッスンを受けた。
他の先生の声は低い唸り声のようにしか聞こえないから、授業中はノートを取ることに集中して、放課後に国語科資料室で羽美先生から授業内容の要点を教わった。羽美先生の声だけは不思議と聞こえるからなせるわざだ。
先生は自分の専門科目以外の科目も私に教えるために勉強をしなくちゃいけなくなるので、私は『さすがに迷惑じゃないですか?』と問いかけた。
でも羽美先生は私の心配をよそに、『勉強って脳トレになるからさ、老化防止にちょうどいいんだって』とへらりと笑いながら答えた。
だけど本当は、先生がめちゃくちゃ朝早く学校に来て授業の準備をして、余った時間に全教科の勉強をしてくれていることを知っていた。それでいて、生徒とこまめにコミュニケーションを取っている。その姿が私にはまぶしくて、胸が締め付けられるぐらい、嬉しかった。
そんな先生の努力の甲斐あって、私は今まで落ちこぼれずに良い成績を保ったまま高校二年生でいられている。
「いいでしょ、旅行行こうよ〜」
先生が猫みたいに私に擦り寄る。私は「先生となら……」とすでに心が傾きかけていた。
「行きたいです」
手話でそう伝えると、先生の顔がぱあっと華やかに色づく。
「そう言ってくれると思った! じゃあ早速準備しよう!」
「準備? ちょっと待ってください。両親に相談しないと——」
手話でそう言いながら気づく。
そうだ。いくら夏休みとはいえ、十五日間の旅に出るなんて、両親が許してくれるはずがない。時間はあっても、じゃあお金は? 十五日間も外泊して、交通費や宿泊費がどれだけ大きな金額になるのか想像がつかなかった。
肝心なことに思い至りあたふたと冷や汗を浮かべていると、先生が「大丈夫」と根拠のない自信を振りかざして「ご両親なら許してくれるよー」と呑気にのたまった。
いやいや、さすがに無理でしょ。
と心の中でツッコミつつ、いかにして両親を説得するか、頭の中はそれでいっぱいになっていた。



