傷だらけの私たちの#五感の旅 ーあの日閉じ込めた心の声ー

「良い話が聞けましたね。先生は、気にしすぎちゃうことってありますか?」

「原爆の子の像」から離れつつ、隣を歩く先生に尋ねた。先生は何を考えているのかずっと喋らない。今も、私の質問が聞こえていないかのように上の空だ。

「羽美先生?」

 たまらなくなって、立ち止まって先生の肩を揺さぶった。
 先生ははっと身をこわばらせ、「な、なに?」とようやく私の声に反応してくれた。

「さっき質問したんですけど、聞いてませんでしたか?」

「質問……ごめん、考え事してた」

「やっぱりそうだったんですね」

 聞いてないだろうな、とは薄々気づいていた。先生が私の言葉をわざと無視するとは思えないし。

「先生は何か私に、隠してること、ないですか?」

 私は大きく深呼吸をしたあと、思い切って先生に尋ねた。晴天だった空は少しずつ曇り始めていて、きつい日差しがなくなりちょうど良いと感じた。

「……ないよ。隠してることなんて」

 先生は、降り始めた雨のようにぽつりと呟く。その答えは本心とはまったく別であることを教えてくれているみたいだった。

「嘘ですよね。先生、金沢で晶の苗字を私が言ったとき、様子がおかしかったですよね。そのあとすぐ炎上騒ぎに気づいて聞けずじまいになってしまいましたが……。それ以外にも、時々他人の話を聞いている最中に、表情が曇ることが多くて気になっていたんです」

「そんなの気のせいだって。第一、青葉ちゃんが気にすることじゃないよ」

 先生はあくまで、私のことを“生徒”と見ている。それは間違いのない事実なのだけれど、これまで一緒に旅をしてきた私にとって、先生はもうただの“先生”ではなかった。

「気になるんです。先生はずっと、私のそばで私を支えてくれましたよね。私だって、ずっと子どもじゃないですよ。先生みたいにいつか立派な大人の女性になりますよ。いや……“立派”にはなれないかもしれませんが、いつまでも守られるだけなのは、嫌なんです」

 トクトクトクトク、と次第に速くなっていく自分の心臓の音が、先生に聞こえてしまうんじゃないかというぐらい、自分の心を曝け出したつもりだった。
 先生は、いつもの私らしからぬ発言に驚いたのか、瞠目したまま固まっている。曇り空の下でも、じっとしていると背中にじわりと汗が滲んできた。

「……あそこで休憩しながら話そう」

 とうとう羽美先生は決心した様子で、「あそこ」と黄色い壁の建物を指差した。その建物はレストハウスらしく、二階は『ピアノカフェ』というカフェになっているとのこと。
 私は無言で頷くと、先生と一緒にレストハウスの二階へと向かった。冷房の効いた室内で、汗がすっと引いていく。『ピアノカフェ』はその名の通り、お店の端っこにピアノが置かれていた。店内はすっきりとした内装で、席も多い。
カフェで先生はアイスコーヒーを、私はオレンジジュースを頼んだ。冷たい飲み物が喉を潤して、ようやく一息つくことができた。

「私ってさ、青葉ちゃんから見たらぱっぱらぱーであほな大人に見えると思うんだけど、昔はめちゃくちゃ後ろ向きな発言ばっかしてたんだよー」

 カラカラと、先生がストローでアイスコーヒーの中の氷を弄ぶ。
 突然、身の上話を始めた先生に驚きつつも、私はじっと耳を傾けた。

「あほな大人には見えないですけど」

「そう? まあ青葉ちゃんにはいろいろとばれてるし、自分で賢いとか言っちゃってるから、そう見えないのかも。でもまあ、普段の授業中も、私ってバカみたいな無駄話とか明るい話し方して生徒から親しみやすい先生って感じでしょ」

「それは、そうかもしれませんね」

 先生の現代文の授業では、確かに教科書の題材になっている論説文や小説にちなんだ、先生の脱線話が面白いと評判だった。それに、先生が言う通り、生徒たちと距離が近い先生の態度は、生徒に人気だ。喋りやすくて親しみやすい。それが、みんなの羽美先生に対する評価だということは否定できない。

「でしょー。それってさ、過去の失敗がそうさせてるんだよね」

「過去の失敗……? 何かあったんですか」

 失敗というからには何かあったのは間違いないはずなのに、先生らしからぬネガティブワードが飛び出してきて、私は思わず先生の瞳をじっと見つめてしまった。
 頭の中では、岩手で先生が話してくれた“心残り”の話がフラッシュバックする。
 先生の心残り——それを、私は今から聞かされることになるのだろうか。

「あったのよ、それが。ここで、突然ですが、衝撃の事実を告白します!」

「え、え?」

 先生が、まるでクイズ番組の司会者のような改まった口調で、声高らかに宣言した。
 
「青葉ちゃんがXでDMをしていた晶っていう男の子だけど、私はその人の兄と、高校時代から十年間、付き合っておりました!」

「……はい?」
 
 へへん、と胸を張って堂々ととんでもない告白をする先生だったが、その顔はどこか痛みに耐えているようで、私は先生を直視していられなかった。