傷だらけの私たちの#五感の旅 ーあの日閉じ込めた心の声ー

 平和記念公園近くの駅で降りて、公園にたどり着き、「折り鶴ブース」を探す。「原爆の子の像」がある場所に、たくさんの折り鶴が飾られているようだった。
 
「あ、そういえば折り鶴ってことは折り紙がいるじゃないですか」

 今日のテーマは、折り鶴を折ってメッセージカードと共に納めることだ。折り紙がないと折り鶴が折れないことに気づき、あたふたとし出す。
 すると先生が「大丈夫!」と鞄の中から新品の折り紙を取り出した。

「折り紙なら調達してきたからさ」

「ええっ、いつのまに」

「秘密」

 果たして、先生が折り鶴を買いに行く場面なんてあっただろうかと首を捻る。でもまあ、先生のことだから何事も用意周到なのは頷けた。

「んじゃ、早速折り鶴を折って納めに行きましょ〜」

 先生の掛け声で、私たちは「原爆の子の像」がある「折り鶴ブース」までやってきた。多くの折り鶴が奉納されていて、とても見応えがあったし、平和への祈りの気持ちも自然と芽生えた。そこで折り鶴をこれでもか、とたくさん折って、糸で繋げていく。その糸も、先生が持っていて驚いた。

「できた!」

 たった二人にしてはかなり頑張って作れたのではないだろうか。
「折り鶴ブース」にあるポストの横には、メッセージカードが置かれていた。これが、『旅カードNo.11』に書かれていた“折り鶴メッセージカード”か。私たちは一人一枚メッセージカードを取ると、平和への祈りを込めたメッセージを綴った。

「これでよしっと」

 二人分のメッセージカードをポストに入れて、折り鶴を奉納した私たち。もう少し公園の中を歩いてみようかということで、「原爆の子の像」の前に出てみると、そこで両手を合わせて祈りを捧げているおばあさんの姿が目に留まった。
 おばあさん、と言ってもまだ六十代ぐらいだろうか。必死に祈っている姿が、胸につんときて、しばらくじっと見つめてしまう。すると、突然女性がはっと顔を上げて、そばで見ていた私たちに視線を合わせた。

「なにか、ありましたか?」

 おばあさんが、「自分の顔にゴミでもついているか」とでも聞くように、私たちを交互に見ながら尋ねてきた。私たちに見られているという気配を感じたのかもしれない。私は「いえ」と首を横に振る。

「随分熱心に祈られていたので、気になって見てしまいました。すみません」

「なるほど、そういうことでしたか。全然大丈夫ですよ。私は被爆二世でね。ここに来るとつい、時間を忘れて祈ってしまうんです」

「被爆二世……」

 日本人なら誰もが知っているその言葉に、私は先生と顔を見合わせて息をのんだ。
 被爆二世とは、両親の少なくともどちらか一方が原爆の被爆者で、原爆投下後に生まれた人のことだ。

「昔は今みたいに正しい事実が報道されていなかったり、理解されなかったり、私たち自身も不安に思っていたりすることが多くて、たくさん差別を受けてきたわ。あなたたちはお若いから知らないかもしれないわね」

「放射線被ばくの遺伝的影響についての差別や偏見ですよね。就職や結婚の際に苦労されたのではないですか」

 先生がすかさず女性に答える。女性は少し驚きつつも、「ええ」と深く頷いた。私も、小学校からやってきた平和学習で習ったことを思い出しつつ、女性の身の上を思い、やりきれない気持ちになった。

「よく知っていらっしゃって、失礼しましたわ。私はね……心無い言葉を浴びせられた時、『どうして?』と声を上げられなかったことを後悔してきたんですよ」

 女性はこれまで胸のうちにいろんな想いを抱えてきたのだろう。私たちという聴衆がいることで、かつて感じていた葛藤や後悔を訥々(とつとつ)と語ってくれた。