新幹線に乗った後は、夜中に眠れなかった分、睡魔が襲ってきた。
気づいたら眠りこけていて、先生はそんな私に何も言わずにそっとしておいてくれた。
電車が大きく揺れるタイミングで、時々意識が途切れ途切れになる。その時うっすらと目を開けると、先生がスマホで文字を打っている光景が見えた。先生は見られていることに気づかない。誰かに連絡を入れているのだろうか。頭の中でよぎるのはやっぱり、昨日の炎上騒ぎで先生が校長先生なんかに事情を聞かれているのではないかということだ。
やがて新幹線からサンダーバードに乗り換えた後、再び眠りについた私。
今度は深く意識を失っていたようで、気づいた時にはもう「次は京都です」というアナウンスが聞こえていた。
京都駅は、さすが日本屈指の観光地ということもあり、観光客で埋め尽くされていた。私は先生とはぐれないように改札を潜り抜け、地下鉄のほうへと歩いていく。
「この『紙TO和』っていうお店は、地下鉄の四条駅から行けるみたいだね。京都駅から直結でよかった」
先生は『旅カードNO.9』を確認しながら、迷うことなく歩いていく。
私はまだ、旅を続けることに積極的な気持ちにはなれない。
でも……先生が、私と一緒に旅を続けたいと言ってくれた気持ちは、本当は嬉しかったのだ。
地下鉄で揺られること三分。あっというまに四条駅に降り立った私たちは、マップを見ながら目的地へと歩く。ものの十分程度でお店に到着した。
薄黄色い壁の町家で、入り口には『和紙の紙すき体験・ご朱印帳づくり体験 紙TO和KAMITOWA』と書かれた赤いのぼりが大きく張られている。
千本格子の扉を開きながら、先生が「こんにちは」と挨拶をして入っていく。私も、先生の後ろをついて行った。
畳の敷かれている店内には、色とりどりの和紙やご朱印帳が飾られていた。雑貨の販売もしていて、見るだけで癒しの空間となっている。
「すみません、ここで紙漉き体験ができるって聞いたのですが」
「はあい。いらっしゃい」
奥から四十代ぐらいの優しそうな女性店員さんが現れて、私たちを体験の席へと案内してくれる。
「和紙の原料からB4サイズの紙を漉いて、押し花で飾り付けをしていただきます〜」
店員さんの説明を、いつものように先生が小声で翻訳してくれた。
店員さんが見せてくれたサンプルには、もみじやパンジーなんかの花が和紙に埋め込まれたようになっている。世界に一つだけの手作り和紙だと思うと、とても美しいと思った。
「できあがった和紙は四つに切ってハガキサイズにしたり、そのままのサイズでテーブルマットやタペストリーにしたりしてお持ち帰りいただけますよ」
そう言いながら、店員さんは私と先生に漉桁と呼ばれるB4サイズの木の枠のようなものを渡してくれた。
「この漉桶の中にこうして漉桁を入れて、そっと引き上げてくださいね」
店員さんは、紙の原料が入った漉桶の中に、漉桁を入れてお手本を見せてくれる。早速やってみると簡単にできて、私はほっとした。
「そのあとは、漉桁の中に残った水分を取り除きます。吸水器の上において、水を取ってくださいね〜」
吸水器と呼ばれる機械の上に、漉桁をそっと置く。水が吸い取られていくのが分かった。
「押し花をお好きなところに置いて、飾り付けしてください」
私たちは店員さんから渡された色とりどりの押し花を、好きなところに置いていった。
「なかなか楽しいね。自分だけのオリジナル和紙づくり」
「そうですね。押し花っていうのも、懐かしいです」
名前も知らない花たちを、和紙の上に乗せていく。全体のバランスを考えて、適度に空間を開けるなどしておしゃれになるように心がけた。先生から「青葉ちゃんってセンスあるよね」と褒めてもらえたので、鼻高々だ。
「最後に、漉桁から和紙を外してもう一度乾燥させます〜。ハガキならペンでメッセージなんかを書いてもいいですよ」
店員さんに言われて、そういえば、と気づく。
『旅カードNo.9』のミッションに、「自分の中にある純粋な願いを言葉にして和紙に書く」と書かれていたっけ。
私の願い、か。
出来上がった和紙を四等分にし、ハガキサイズにしてから考える。
ひとしきり考えたあと、「大切な人がずっと幸せでいられますように」と書いた。
先生は何を書くんだろう——そっと見守っていると、「青葉ちゃんが笑顔でいてくれますように」と書いていて、はっと目を瞠る。
「願いごと、それでいいんですか?」
「え? あ、見ちゃった? 私の今の願いはこれだけだからさ」
「先生……」
先生の願いが、私の笑顔だなんて、そんなのあまりに……あまりに愛おしい。
私は、涙があふれそうになるのをぐっと堪えて、先生の願いごとを心の中で噛み締めていた。
「青葉ちゃんの“大切な人”って誰?」
「お、教えないです」
「あ、さてはやっぱり好きな人だな! だれだれ、同じクラスの人?」
「だから、好きな人なんていないですって」
何度も交わしたこのやりとり。私には好きな男の子なんていない。これまで誰にも恋をしたことはない。だって私はたぶん、先生のことが——。
それ以上は考えないようにして、心の中から邪念を振り払った。
この気持ちを恋だと認めてしまったら、自分の中で決定的な何かが壊れるような気がしたから。想いは曖昧なまま、私はできるだけ長く、先生の隣にいられることを選ぶ。それがたとえ卑怯な手だとしても。
「楽しかったね、和紙作り!」
「はい。普段はできない経験ができて、すごく楽しかったです」
出来上がったオリジナル和紙ハガキを手に『紙TO和』を後にした私たち。
時刻はちょうどお昼過ぎ。お昼ご飯を食べても、まだまだ時間はたっぷりある。
「お昼食べたあとどうしますか? 定番ですけど、清水寺とか行きますか」
京都といえば清水寺というイメージが強いので、私は先生に提案してみた。
でも先生は「うーん」と少し考えたあと、ニッと笑みを浮かべてこう言った。
「清水寺の舞台よりももっと高い場所にある“舞台”に行かない?」
「清水寺よりも高い場所? はい、先生が提案してくれる場所ならどこでもいいですよ」
「よし、じゃあいこっか」
にんまりと笑う先生について、歩いていく。先生がどこに行こうとしているのか分からないけれど、気がつけば昨日から続く憂鬱な気分が少しだけ和らいでいた。
気づいたら眠りこけていて、先生はそんな私に何も言わずにそっとしておいてくれた。
電車が大きく揺れるタイミングで、時々意識が途切れ途切れになる。その時うっすらと目を開けると、先生がスマホで文字を打っている光景が見えた。先生は見られていることに気づかない。誰かに連絡を入れているのだろうか。頭の中でよぎるのはやっぱり、昨日の炎上騒ぎで先生が校長先生なんかに事情を聞かれているのではないかということだ。
やがて新幹線からサンダーバードに乗り換えた後、再び眠りについた私。
今度は深く意識を失っていたようで、気づいた時にはもう「次は京都です」というアナウンスが聞こえていた。
京都駅は、さすが日本屈指の観光地ということもあり、観光客で埋め尽くされていた。私は先生とはぐれないように改札を潜り抜け、地下鉄のほうへと歩いていく。
「この『紙TO和』っていうお店は、地下鉄の四条駅から行けるみたいだね。京都駅から直結でよかった」
先生は『旅カードNO.9』を確認しながら、迷うことなく歩いていく。
私はまだ、旅を続けることに積極的な気持ちにはなれない。
でも……先生が、私と一緒に旅を続けたいと言ってくれた気持ちは、本当は嬉しかったのだ。
地下鉄で揺られること三分。あっというまに四条駅に降り立った私たちは、マップを見ながら目的地へと歩く。ものの十分程度でお店に到着した。
薄黄色い壁の町家で、入り口には『和紙の紙すき体験・ご朱印帳づくり体験 紙TO和KAMITOWA』と書かれた赤いのぼりが大きく張られている。
千本格子の扉を開きながら、先生が「こんにちは」と挨拶をして入っていく。私も、先生の後ろをついて行った。
畳の敷かれている店内には、色とりどりの和紙やご朱印帳が飾られていた。雑貨の販売もしていて、見るだけで癒しの空間となっている。
「すみません、ここで紙漉き体験ができるって聞いたのですが」
「はあい。いらっしゃい」
奥から四十代ぐらいの優しそうな女性店員さんが現れて、私たちを体験の席へと案内してくれる。
「和紙の原料からB4サイズの紙を漉いて、押し花で飾り付けをしていただきます〜」
店員さんの説明を、いつものように先生が小声で翻訳してくれた。
店員さんが見せてくれたサンプルには、もみじやパンジーなんかの花が和紙に埋め込まれたようになっている。世界に一つだけの手作り和紙だと思うと、とても美しいと思った。
「できあがった和紙は四つに切ってハガキサイズにしたり、そのままのサイズでテーブルマットやタペストリーにしたりしてお持ち帰りいただけますよ」
そう言いながら、店員さんは私と先生に漉桁と呼ばれるB4サイズの木の枠のようなものを渡してくれた。
「この漉桶の中にこうして漉桁を入れて、そっと引き上げてくださいね」
店員さんは、紙の原料が入った漉桶の中に、漉桁を入れてお手本を見せてくれる。早速やってみると簡単にできて、私はほっとした。
「そのあとは、漉桁の中に残った水分を取り除きます。吸水器の上において、水を取ってくださいね〜」
吸水器と呼ばれる機械の上に、漉桁をそっと置く。水が吸い取られていくのが分かった。
「押し花をお好きなところに置いて、飾り付けしてください」
私たちは店員さんから渡された色とりどりの押し花を、好きなところに置いていった。
「なかなか楽しいね。自分だけのオリジナル和紙づくり」
「そうですね。押し花っていうのも、懐かしいです」
名前も知らない花たちを、和紙の上に乗せていく。全体のバランスを考えて、適度に空間を開けるなどしておしゃれになるように心がけた。先生から「青葉ちゃんってセンスあるよね」と褒めてもらえたので、鼻高々だ。
「最後に、漉桁から和紙を外してもう一度乾燥させます〜。ハガキならペンでメッセージなんかを書いてもいいですよ」
店員さんに言われて、そういえば、と気づく。
『旅カードNo.9』のミッションに、「自分の中にある純粋な願いを言葉にして和紙に書く」と書かれていたっけ。
私の願い、か。
出来上がった和紙を四等分にし、ハガキサイズにしてから考える。
ひとしきり考えたあと、「大切な人がずっと幸せでいられますように」と書いた。
先生は何を書くんだろう——そっと見守っていると、「青葉ちゃんが笑顔でいてくれますように」と書いていて、はっと目を瞠る。
「願いごと、それでいいんですか?」
「え? あ、見ちゃった? 私の今の願いはこれだけだからさ」
「先生……」
先生の願いが、私の笑顔だなんて、そんなのあまりに……あまりに愛おしい。
私は、涙があふれそうになるのをぐっと堪えて、先生の願いごとを心の中で噛み締めていた。
「青葉ちゃんの“大切な人”って誰?」
「お、教えないです」
「あ、さてはやっぱり好きな人だな! だれだれ、同じクラスの人?」
「だから、好きな人なんていないですって」
何度も交わしたこのやりとり。私には好きな男の子なんていない。これまで誰にも恋をしたことはない。だって私はたぶん、先生のことが——。
それ以上は考えないようにして、心の中から邪念を振り払った。
この気持ちを恋だと認めてしまったら、自分の中で決定的な何かが壊れるような気がしたから。想いは曖昧なまま、私はできるだけ長く、先生の隣にいられることを選ぶ。それがたとえ卑怯な手だとしても。
「楽しかったね、和紙作り!」
「はい。普段はできない経験ができて、すごく楽しかったです」
出来上がったオリジナル和紙ハガキを手に『紙TO和』を後にした私たち。
時刻はちょうどお昼過ぎ。お昼ご飯を食べても、まだまだ時間はたっぷりある。
「お昼食べたあとどうしますか? 定番ですけど、清水寺とか行きますか」
京都といえば清水寺というイメージが強いので、私は先生に提案してみた。
でも先生は「うーん」と少し考えたあと、ニッと笑みを浮かべてこう言った。
「清水寺の舞台よりももっと高い場所にある“舞台”に行かない?」
「清水寺よりも高い場所? はい、先生が提案してくれる場所ならどこでもいいですよ」
「よし、じゃあいこっか」
にんまりと笑う先生について、歩いていく。先生がどこに行こうとしているのか分からないけれど、気がつけば昨日から続く憂鬱な気分が少しだけ和らいでいた。



