傷だらけの私たちの#五感の旅 ーあの日閉じ込めた心の声ー

「お、次は金沢だって! 上がるね〜!」



 封筒を開けて『旅カードNo.8』を取り出した先生はカードを快晴の空にかざしてみせた。きらきらとした木漏れ日に輝くそれが、とても愛しく思えてくる。八枚目の『旅カード』だから、残りは半分といったところだろうか。十五日間の旅のうちの、八枚目。のこりの七枚はどんな『旅カード』なのだろう、とまだ見ぬ旅に思いを馳せてみた。

「“近江町市場(おうみちょういちば)で地元食材を選ぶ朝ごはんの旅”だって。朝からおいしいもの食べられるなんて最高じゃん」

 羽美先生は、食べ物のことになると途端にいつも幸せそうな表情を浮かべる。本人も気づいていないのだろう。私は、そんな先生の表情が好きで、思わずふふっと笑みがこぼれてしまう。

「なんで笑ってるの、青葉ちゃん」

「先生が可愛いからです」

「へ? か、可愛い!?」

 まるで男の人に言われたみたいな反応をする先生がおかしくて、今度はお腹を抱えて笑った。もしかして先生って、「可愛い」って言われ慣れてないタイプ? 美人さんだから、それこそ男の人に何度も言われてきているのかと思っていた。
 それとも、私に言われたのが嬉しかった……のかな。
 脳内で都合の良い解釈がどんどん進んでいく。
 
「もう、青葉ちゃん、大人をからかうんじゃないよー。先生はもうすぐ三十歳になるんだからね?」

「三十歳になったって、先生は先生です。私の好きな先生ってことは変わりありません」

 思わず本音が口から——否、“手”からあふれだす。
 私の手話を見た先生は、はっと何かに気づいた様子で数秒固まっていた。

「どうかしましたか?」

「い、いやなんでもない。好きって言われて照れちゃっただけ。教師冥利に尽きるわ」

 首の後ろを掻きながら、へへへと照れ臭そうに笑う先生。
 そんな先生の返事を聞いて、なぜだかちょっとだけ胸がピリリと痛くなった。
 先生はきっと、私の「好き」という気持ちを、生徒が先生に抱く尊敬のようなものだと思っているんだろう。
 そうじゃないのに。
 先生のことを尊敬しているのはもちろんそうだ。
 でも、私が先生を好きなのは、先生そのものを好きだからで……。
 と考えているうちに、自分でも自分の気持ちが分からなくなる。
 私は先生のことが、人としてではなく、恋愛相手として好きなのだろうか。
 見えざる自分の気持ちに気づきかけて、はっと思考を止める。
 分からない。私、普通じゃない。普通の女子高生は同年代の男の子を好きになるはずなのに、どうして先生のこと——。

 そこまで考えた時、“普通”とは一体なんだろうかと思い直す。
 ……深く考えるのはやっぱりやめよう。
 答えは今出さなくてもいい。今はただ、先生と一緒に旅を楽しみたい。たくさんおいしいものを食べて、綺麗な景色を眺めて、新しい自分に出会ったりなんかして、とにかく普段と違うことをしたい。
 ずっと先生の隣にいたい。
 それこそが恋心かもしれないなんて、この時は気づかなかった。