そして、来たる夜九時。
ホテルで先生がお風呂に入っている最中に、私は晶くんとビデオ通話を開始する。もともとLINEで繋がっていたので、トーク画面を開くと最後にメッセージを送ったのは高校一年生の春だった。
念のため、画面には背景エフェクトをかけ、私以外の人が映らないように設定しておいた。
『久しぶり! 本当に青葉ちゃんだったんだ。なんか感激したわ』
画面に映し出された晶くんは、最後に会った日から一年と少ししか経っていないけれど、以前は赤色に近い茶髪だったのがさわやかな黒髪になり、垢抜けたような気がする。
私のイメージする男子大学生そのものだ。
手話で話しかけてくれているが、彼はリアクションが大げさなので、よく感情が伝わってくる。話していてとても安心できる喋り方だ。
「お久しぶりです。DMもらった時はびっくりしました」
『はは、そうだよね。ごめんごめん。一度そうじゃないかなって思ったら気が気でなくなって。アカウント名も“碧”が入ってて、青葉ちゃんじゃないかなとうっすら感じたんだよね。投稿の感じとか、青葉ちゃんが言いそうだなって』
私が思っている以上に、晶くんが私のことを知ってくれているようでなんだか背中がこそばゆい感じがする。私は、照れ隠しをしながら「そうだったんだ。それで、今日はどうしたんですか?」と彼にビデオ通話の目的を尋ねた。
『あー、実はさ、青葉ちゃんに——いや、“碧海”さんにちょっとお願いがあって、話だけでも聞いてくれないかなと』
「お願い? 何でしょう」
一年以上会っていない人物からお願い、と言われて多少面食らったが、まずは晶くんの話を聞こうと画面に目を凝らした。
『俺の兄貴が今、沖縄にいるんだけど。青葉ちゃんの旅の道中で、兄貴のところへ行ってもらえたりしないかな。ほら、“碧海”さん、いろんな人の心の声を投稿してるじゃん。兄貴の心の声も聞いてあげてくれないかな——なんつって』
「お兄さんの?」
『ああ。年が離れた兄なんだけど、なんかずっと様子が変でさ。ほら、家族より他人のほうが話しやすいことってあるでしょ。だからお願いできないかなーって』
晶のお願いを聞いて、兄想いの弟だなと素直に感心した。
でも、それとこれとは話が別。もちろんお願いは叶えてあげたいけど、難しそうだなと不安が芽生える。
「すごく切実なお願いなのは分かるんですけど、ちょっと難しいかもしれません。私たち、旅の行き先を自由に決められないんですよ。『旅カード』っていうのが毎回どこかしらに現れて、そのカードに書かれているところに行くことになるので。晶くんのお兄さんが住んでいる場所に行ける確率はかなり低いと思います」
本当はそんなルールを無視して晶くんの願いを叶えてあげることだってできるのかもしれない。でもこの旅は私一人じゃなくて、先生も一緒に始めたものだから。私の事情に先生を巻き込むわけにはいかない。
晶くんは私が手話で必死に喋るのを見ながら、「そっかぁ」とちょっと残念そうに頷いてくれた。
『残念だけど、こればっかりは仕方ないか。もし沖縄に行くことになったら、その時はよろしくね』
「分かりました」
要件を伝え終わった晶は「それじゃ、旅を楽しんで」と挨拶をしてビデオ通話を終了した。
ちょうどその時、お風呂場から先生が出てきて、濡れた髪の毛をタオルでパンパンと拭いていた。
「あれ、もしかして誰かと電話してた?」
私がスマホの画面を構えたままの姿勢でいたので、勘のいい先生はすぐに気づいたらしい。
「はい、友達と少し」
「そうなんだ。恋人と電話でもしてるのかと思った」
「だからいないですよ恋人なんて!」
色恋沙汰でからかってくる先生に、つい感情的になって声を上げてしまう。先生は驚きつつも、クククと笑いを噛み殺していた。
「さ、明日から北陸の旅だね。楽しみ」
先生が、今日会津武家屋敷で見つけた『旅カードNo.6』をひらひらさせながら答える。そうだ。明日から北陸へ移動するのだ。明日は新潟。その次はどこに行くんだろうか。
コンビニで買ってきたビールをプシュッと開けた先生は、「明日も楽しみだね?」と意味深に笑いながら、ビールを一気に喉に流し込むのだった。
【8/7 久しぶりに友達とビデオ通話をしました。友達は私が手話を使うのを知ってくれていて、その人も手話ができるので安心できます。誰かの生の声を聞くっていいですよね。明日から北陸に移動します。これからも出会う人たちとの対話を大切にしたいです。#五感の旅】
ホテルで先生がお風呂に入っている最中に、私は晶くんとビデオ通話を開始する。もともとLINEで繋がっていたので、トーク画面を開くと最後にメッセージを送ったのは高校一年生の春だった。
念のため、画面には背景エフェクトをかけ、私以外の人が映らないように設定しておいた。
『久しぶり! 本当に青葉ちゃんだったんだ。なんか感激したわ』
画面に映し出された晶くんは、最後に会った日から一年と少ししか経っていないけれど、以前は赤色に近い茶髪だったのがさわやかな黒髪になり、垢抜けたような気がする。
私のイメージする男子大学生そのものだ。
手話で話しかけてくれているが、彼はリアクションが大げさなので、よく感情が伝わってくる。話していてとても安心できる喋り方だ。
「お久しぶりです。DMもらった時はびっくりしました」
『はは、そうだよね。ごめんごめん。一度そうじゃないかなって思ったら気が気でなくなって。アカウント名も“碧”が入ってて、青葉ちゃんじゃないかなとうっすら感じたんだよね。投稿の感じとか、青葉ちゃんが言いそうだなって』
私が思っている以上に、晶くんが私のことを知ってくれているようでなんだか背中がこそばゆい感じがする。私は、照れ隠しをしながら「そうだったんだ。それで、今日はどうしたんですか?」と彼にビデオ通話の目的を尋ねた。
『あー、実はさ、青葉ちゃんに——いや、“碧海”さんにちょっとお願いがあって、話だけでも聞いてくれないかなと』
「お願い? 何でしょう」
一年以上会っていない人物からお願い、と言われて多少面食らったが、まずは晶くんの話を聞こうと画面に目を凝らした。
『俺の兄貴が今、沖縄にいるんだけど。青葉ちゃんの旅の道中で、兄貴のところへ行ってもらえたりしないかな。ほら、“碧海”さん、いろんな人の心の声を投稿してるじゃん。兄貴の心の声も聞いてあげてくれないかな——なんつって』
「お兄さんの?」
『ああ。年が離れた兄なんだけど、なんかずっと様子が変でさ。ほら、家族より他人のほうが話しやすいことってあるでしょ。だからお願いできないかなーって』
晶のお願いを聞いて、兄想いの弟だなと素直に感心した。
でも、それとこれとは話が別。もちろんお願いは叶えてあげたいけど、難しそうだなと不安が芽生える。
「すごく切実なお願いなのは分かるんですけど、ちょっと難しいかもしれません。私たち、旅の行き先を自由に決められないんですよ。『旅カード』っていうのが毎回どこかしらに現れて、そのカードに書かれているところに行くことになるので。晶くんのお兄さんが住んでいる場所に行ける確率はかなり低いと思います」
本当はそんなルールを無視して晶くんの願いを叶えてあげることだってできるのかもしれない。でもこの旅は私一人じゃなくて、先生も一緒に始めたものだから。私の事情に先生を巻き込むわけにはいかない。
晶くんは私が手話で必死に喋るのを見ながら、「そっかぁ」とちょっと残念そうに頷いてくれた。
『残念だけど、こればっかりは仕方ないか。もし沖縄に行くことになったら、その時はよろしくね』
「分かりました」
要件を伝え終わった晶は「それじゃ、旅を楽しんで」と挨拶をしてビデオ通話を終了した。
ちょうどその時、お風呂場から先生が出てきて、濡れた髪の毛をタオルでパンパンと拭いていた。
「あれ、もしかして誰かと電話してた?」
私がスマホの画面を構えたままの姿勢でいたので、勘のいい先生はすぐに気づいたらしい。
「はい、友達と少し」
「そうなんだ。恋人と電話でもしてるのかと思った」
「だからいないですよ恋人なんて!」
色恋沙汰でからかってくる先生に、つい感情的になって声を上げてしまう。先生は驚きつつも、クククと笑いを噛み殺していた。
「さ、明日から北陸の旅だね。楽しみ」
先生が、今日会津武家屋敷で見つけた『旅カードNo.6』をひらひらさせながら答える。そうだ。明日から北陸へ移動するのだ。明日は新潟。その次はどこに行くんだろうか。
コンビニで買ってきたビールをプシュッと開けた先生は、「明日も楽しみだね?」と意味深に笑いながら、ビールを一気に喉に流し込むのだった。
【8/7 久しぶりに友達とビデオ通話をしました。友達は私が手話を使うのを知ってくれていて、その人も手話ができるので安心できます。誰かの生の声を聞くっていいですよね。明日から北陸に移動します。これからも出会う人たちとの対話を大切にしたいです。#五感の旅】



