「ねえ、先生」
『雪あかり』を出た私たちは、奥中山高原内にある温泉『煌星の湯』を訪れていた。
疲れた身体を癒すにはちょうど良いと思って、と私が先生に提案したのだ。
先生は二つ返事でOKしてくれた。
先生と二人で温泉に入るなんてドキドキしすぎて心臓が破裂しそうだったが、お湯に浸かるとじんわりと温かくてあまりにも気持ちよく、来て良かったと思えた。
「どうしたの?」
「先生は将来のことで悩んだことはありますか?」
広菜さんの話を聞いて考えていたことを、人生の大先輩に聞いてみる。私はまだ、将来についてあまり考えていないけれど、先生はどうして「先生」になろうと思ったんだろう。
「あるよー。教師になりたいっていうのは子どもの頃からの夢だったけどさ。私って本当に教師に向いてる? って分からなくなる時がある」
先生の真面目な声が耳に響く。温泉には他にもちらほらとお客さんがいるが、私たちのことなど誰も見ていない。先生の声を聞いているのは他でもない私だけだ。
「先生でも、そんなふうに思うんですね」
「思う思う! てか私なんて教師としてまだまだ半人前で、落ち込むことばかりだからね?」
「そうなんですか。私は、先生が先生で良かったと思ってますけど」
丸裸で温泉に浸かっているからだろうか。素直な気持ちがあふれだす。羽美先生に対して私が思っていたこと。私は去年、先生が担任として私の気持ちに親身になって寄り添ってくれたからこそ、今こうして落ちこぼれずに普通に高校二年生をやれているのだ。
「ふふ、それは嬉しいなー!」
先生が頬を綻ばせて、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
心音がどんどん速くなって、これ以上近くに来ないで、と脳内でアラートが鳴り響く。
私、なんでこんなにドキドキして……。
自分でも自分の気持ちが分からなくて、拳をぎゅっと握りしめて胸に当てる。
私、先生のこと好きだ。
でもそれは、自分よりもうんと年上の人に対する敬愛みたいなもの。決して恋愛感情なんかじゃないはず、だ。
「……先生は好きな人、いますか」
気がつけば、声を出してそう尋ねていた。
先生の恋愛事情を、私は一度も聞いたことがない。そういう話はブラックボックスの中身で、これまで自ら聞けるような話じゃなかった。
それなのに、高鳴る胸を抑えながら、私は彼女の恋心に触れようとしている。
先生が私を見つめて何度も目を瞬かせる。
口を開きかけては閉じ、また開いて、というのを繰り返してようやくゆっくりと声を出した。
「いるよ。ずっと」
その声は今まで聞いたどの先生の声よりも静謐で、触れちゃいけないものだと感じた。
ショックを受けなかったと言えば、嘘になる。
先生には好きな人がいる。
先生ぐらいの年齢の女性なら持っていて当たり前かもしれないその気持ちが、自分に向けられているものだったらいいのに、と初めて思った。思ってしまった。
何も言葉を返すことができなくなって、私は口を噤んでうつむく。
先生はどこか遠くを見つめて淡く微笑んだまま、その後私と目を合わせようとはしなかった。
【8/5 岩手県の奥中山高原でウォーキング。大自然の中で、自分の心と対話できたような心地がします。気持ちのいい汗をかいたあと、ジェラート屋さんで出会ったNさんから恋人と進路のことで悩んでいると聞きました。どうか彼女がこの先自分の本音を心の奥底に押し込めなくて済みますように。#五感の旅】
【これまで書いてこなかったのですが、私は聴覚障害者です。中学生の頃に発症した心因性のもので、今もまだ治っていません。なので、普段は手話で話しています。私のような人間でも、誰かの役に立つことができたらいいな、と思います。静かな夜に想いを馳せて。#五感の旅】
Replying to @aoumi_0802
アキ@akikikiki245
【ウォーキング、楽しいですよね。碧海さんの抱えているものを知れて良かったです。碧海さんも、自分の心の声を押し留めないようにしてくださいね】
『雪あかり』を出た私たちは、奥中山高原内にある温泉『煌星の湯』を訪れていた。
疲れた身体を癒すにはちょうど良いと思って、と私が先生に提案したのだ。
先生は二つ返事でOKしてくれた。
先生と二人で温泉に入るなんてドキドキしすぎて心臓が破裂しそうだったが、お湯に浸かるとじんわりと温かくてあまりにも気持ちよく、来て良かったと思えた。
「どうしたの?」
「先生は将来のことで悩んだことはありますか?」
広菜さんの話を聞いて考えていたことを、人生の大先輩に聞いてみる。私はまだ、将来についてあまり考えていないけれど、先生はどうして「先生」になろうと思ったんだろう。
「あるよー。教師になりたいっていうのは子どもの頃からの夢だったけどさ。私って本当に教師に向いてる? って分からなくなる時がある」
先生の真面目な声が耳に響く。温泉には他にもちらほらとお客さんがいるが、私たちのことなど誰も見ていない。先生の声を聞いているのは他でもない私だけだ。
「先生でも、そんなふうに思うんですね」
「思う思う! てか私なんて教師としてまだまだ半人前で、落ち込むことばかりだからね?」
「そうなんですか。私は、先生が先生で良かったと思ってますけど」
丸裸で温泉に浸かっているからだろうか。素直な気持ちがあふれだす。羽美先生に対して私が思っていたこと。私は去年、先生が担任として私の気持ちに親身になって寄り添ってくれたからこそ、今こうして落ちこぼれずに普通に高校二年生をやれているのだ。
「ふふ、それは嬉しいなー!」
先生が頬を綻ばせて、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
心音がどんどん速くなって、これ以上近くに来ないで、と脳内でアラートが鳴り響く。
私、なんでこんなにドキドキして……。
自分でも自分の気持ちが分からなくて、拳をぎゅっと握りしめて胸に当てる。
私、先生のこと好きだ。
でもそれは、自分よりもうんと年上の人に対する敬愛みたいなもの。決して恋愛感情なんかじゃないはず、だ。
「……先生は好きな人、いますか」
気がつけば、声を出してそう尋ねていた。
先生の恋愛事情を、私は一度も聞いたことがない。そういう話はブラックボックスの中身で、これまで自ら聞けるような話じゃなかった。
それなのに、高鳴る胸を抑えながら、私は彼女の恋心に触れようとしている。
先生が私を見つめて何度も目を瞬かせる。
口を開きかけては閉じ、また開いて、というのを繰り返してようやくゆっくりと声を出した。
「いるよ。ずっと」
その声は今まで聞いたどの先生の声よりも静謐で、触れちゃいけないものだと感じた。
ショックを受けなかったと言えば、嘘になる。
先生には好きな人がいる。
先生ぐらいの年齢の女性なら持っていて当たり前かもしれないその気持ちが、自分に向けられているものだったらいいのに、と初めて思った。思ってしまった。
何も言葉を返すことができなくなって、私は口を噤んでうつむく。
先生はどこか遠くを見つめて淡く微笑んだまま、その後私と目を合わせようとはしなかった。
【8/5 岩手県の奥中山高原でウォーキング。大自然の中で、自分の心と対話できたような心地がします。気持ちのいい汗をかいたあと、ジェラート屋さんで出会ったNさんから恋人と進路のことで悩んでいると聞きました。どうか彼女がこの先自分の本音を心の奥底に押し込めなくて済みますように。#五感の旅】
【これまで書いてこなかったのですが、私は聴覚障害者です。中学生の頃に発症した心因性のもので、今もまだ治っていません。なので、普段は手話で話しています。私のような人間でも、誰かの役に立つことができたらいいな、と思います。静かな夜に想いを馳せて。#五感の旅】
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アキ@akikikiki245
【ウォーキング、楽しいですよね。碧海さんの抱えているものを知れて良かったです。碧海さんも、自分の心の声を押し留めないようにしてくださいね】



