傷だらけの私たちの#五感の旅 ーあの日閉じ込めた心の声ー

「お二人はご旅行中ですか?」

「はい、そうです! 二人で『#五感の旅』というコンセプトで旅をしてるんですよー。SNSに旅で感じたことを投稿してますっ」

 店員さんの質問に、先生が威勢よく答える。
 すると店員さんは瞳をぱちぱちと瞬かせたあと、「そのアカウント……」と呟いた。彼女の口元を見ていればこれくらいの言葉は理解できた。

「私、知ってます。『碧海』さんですよね?」

 ずいっと身を乗り出して彼女が興奮気味に私たちに近づく。彼女の身体から、ふわりと優しい石鹸のような香りがした。こうして見ると、やっぱり私と歳が近いように感じる。

「知ってる? 本当に?」

 先生が驚きの声を上げる。彼女は「はい!」と笑顔で頷いた。

「わ、まさか本当に碧海さんにお会いできるなんて思ってもみませんでした。実は私、小樽の投稿にリプを送らせていただいた者です」

「え!?」

 先生が「どれどれ?」と彼女に小樽の投稿に寄せられたリプを見せる。彼女は「これです」と一つのコメントを指差した。

【#五感の旅っていうコンセプトがすごく好きです。これからの投稿も楽しみにしています!】

「これが、店員さん?」

 私と先生は揃って目を丸くする。まさか、SNSでコメントをくれた人と実際に会えるなんて思ってもみなかった。
 そのコメントをくれたアカウント名は『Hiro』。
 私がじっと店員さんの顔を見つめると、店員さんが名前を名乗ってくれた。

新見広菜(にいみひろな)さんだって。大学四年生」

 先生が代わりに手話で教えてくれる。
 自分と年齢が近いと感じていたが、五歳年上だったとは。それでも、同じ学生ということを知って親近感が湧いた。

「広菜さんは、どうして碧海の投稿にコメントをくれたんですか?」

 先生が踏み込んだ質問をする。私も気になっていたことだ。
 広菜さんは少し迷う素ぶりをしたあと、私と先生のことを交互に見つめて、口を開いた。

「コメントにも書いた通り、コンセプトがいいなって思ったんです。初日の投稿に、“旅の中でたくさんの経験をして、見たり聞いたり触れたりすることで感じたことを投稿していきます”って書いてありましたよね」

「そうですね」

 先生が私を見つめながら頷く。投稿をしたのは私だから、私も「はい」と首を縦に振った。

「なんかそういうのって、非日常って感じがして羨ましいなって。旅をしているといろんな悩みも吹き飛びそうだなと。あと、旅の最中に出会った人の心の声を聞いて言葉にしているのもいいなって思ったんです」
 
 店員さんは、他にお客さんがいないからか、目を細めて私たちの旅のコンセプトを具体的に褒めてくれた。そう言ってもらえると、この旅を通してXで投稿を始めた甲斐があるなと嬉しく思う。
 と同時に、私は広菜さんが何か大きな悩み事を抱えているのではないかと察知した。
 先生も同じだったんだろう。
 私と目を合わせて何か言いたそうな素ぶりを見せた。

「あの、失礼ですが……広菜さんは何か悩みを抱えていたりしますか? もしよければ、話を聞きたいです」

 牧野さんの時もそうだったが、自分から赤の他人に悩み事を聞き出すのはかなり勇気のいることだった。でも、悩み事を誰かに話すことで解放される気持ちがある。そう信じて、私は広菜さんに手話で語りかける。いつものように先生が翻訳してくれると、広菜さんの目が大きく見開かれた。

「……やっぱりばれちゃいました? 昨日の投稿で、『明日は岩手に行く』って書いてあったじゃないですか。私、本当は碧海さんが自分のところに来てくれないかな、話を聞いてくれないかなって思って、急遽シフトに入ったんです。でもまさか本当に来てくれるなんて夢にも思ってなかったんですけど」

「そうだったんですね」

「はい。ストーカーのようなことをして申し訳ありません。それに、お客様にこんなことを話すのも本当は気が引けるのですが……幸い他のお客さんがいないので、お話してもいいですか?」

 広菜さんが遠慮がちな視線を私たちに向ける。その顔には「話させてほしい」と書いてあり、私たちが止めることなんてできなかった。
「どうぞ」と私が手話で話を促す。先生が翻訳してくれたところで、広菜さんがゆっくりと口を開いた。