傷だらけの私たちの#五感の旅 ーあの日閉じ込めた心の声ー

「奥中山高原に着いた〜!」

 それから三十分ほど歩いて、ようやく元の奥山高原にたどり着いた時、私たちはぜえぜえと息を吐きながらも思わずハイタッチしていた。
 道のりはかなり長かったし疲れたけれど、ひたすら歩いて自然の中に身を溶け込ませていると、とても良い運動をした気分だ。

「ちょっと休憩しない? ジェラートでも食べて」

 抜かりない先生がスマホで『奥中山高原ジェラートハウス雪あかり』というジェラート屋さんのHPの画面を私にすっと差し出した。確かに『旅カード』にも予算のところに“ジェラート”と書いてあった気がする。
 ごくり、と生唾を飲み込む。
 運動をした後の真夏のジェラートなんて、最高においしいに決まってる。

「ぜひ行きましょう」

 手話で両手の四本指を組んで握り、さらに右手の人差し指を下に向けたあとで上に振り上げる。「ぜひ」「行く」という簡単な手話に圧を感じたのか、先生は「お、おう」とドギマギしながら答えた。

 大自然の中に佇む深緑色の壁面がおしゃれなジェラート屋さん。
 店先の赤い(のぼり)が緑の壁と空にとても映えている。
『YUKI AKARI』という看板を眺めつつ、扉を開いた。

「いらっしゃいませ、こんにちは」

 女性の店員さんが笑顔で快く迎えてくれたので、私たちは「こんにちは」と軽く会釈をする。
 こじんまりとした店舗だが、清掃が行き届いた店舗で、ジェラート屋さんとしては十分綺麗だった。

「お好きなフレーバーで、シングル、タブル、トリプルから量をお選びいただけます」
 
 店員さんの言葉は低くくぐもった音にしか聞こえないけれど、口元を見ていると理解できた。
 レジ前の冷凍ショーケースの前で、早速フレーバーの種類を確認する。
 ミルク、抹茶、コーヒー、チョコレート、ラムレーズン、ごま、カシス、チーズというのがレギュラーメニューで、夏季限定で“トマト”と、“海のジェラート”という特徴的なフレーバーがあった。

「この“海のジェラート”ってなんですか?」

 先生がすかさず店員さんに問う。
 大学生ぐらいの店員さんがにっこりと微笑みながら、「野田塩という塩が使われたもので、大人テイストなジェラートになります」と優しく教えてくれた。

「おお、いいですね! じゃあ私はこの“海のジェラート”と、チョコレートのダブルにしまーす!」

 先生が即決したところで、私は「えっと」とまだ味に迷う。
 ミルクやチョコレートなんかの甘い味は定番で絶対おいしいし、甘すぎないコーヒーや抹茶も好きな味だ。トマトというのも気になるし、カシスも変わっているから食べてみたい。
 う〜〜〜ん。

 散々悩んだ挙句、定番のミルクと、変わり種っぽいカシスのダブルを頼むことにした。
 先生に手話で選んだものを伝えると、先生が私の代わりに店員さんに「ミルクとカシスのダブルもください」と注文してくれた。

「ありがとうございます」

 店員さんが手際よくアイスをコーンに乗せてくれる。ダブルにしたのでかなりのボリュームだが、ジェラートならぺろりと食べてしまえそうだ。

「せっかくだし外で食べようか」
 
 先生の提案で、お店の横に設置されているテラス席で食べることにした。
 まずはミルク味から。
 ジェラートをスプーンですくって食べると、口の中でシャリ、というジェラート特有の食感と共に、甘い味が広がった。それでいて甘すぎないのがいい。まるで本当に雪を食べているかのような食感と、頬が溶けそうなほどのおいしさを堪能した。

「ん〜〜! 運動の後のジェラート最高っ!」

 何を食べても、先生は大抵「最高」と言う。先生の大げさな反応は見ているとこちらまで楽しくなってくる。

「ほんと、素晴らしいチョイスですね。どこの誰だか知りませんが、『旅カード』を作った人、天才すぎません?」

「だね! たぶんIQ私と同じぐらいだわ」

「IQは関係ないでしょ」

 常日頃から「こう見えて私って賢いんだよ?」と自慢げに語る先生のいつもの小ボケに手話でつっこみを入れる。先生は「なんだと!?」とこれまた大げさに驚いた素ぶりを見せて、ぷっと吹き出した。
 その後も、ジェラートを食べるのが止まらなくなって、雄大な自然の景色の中で舌に溶ける雪のようなジェラートを満喫した。

「ごちそうさまでしたー!」

 ジェラートを食べ終えると店内に戻り、先ほど接客をしてくれた店員さんにお礼を伝える。他にお客さんはいなくて、店員さんは「わざわざありがとうございます」と微笑んでくれた。